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サブカル編集者さん、日本のハロウィンが発狂コスプレ大会になった理由を考察。
「人間には潜在的コスプレ願望がある」
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反応&感想

こういうのなんとなく感じる!

ハロウィンの免罪符でいい大人が色んな格好してても
あーハロウィンか、
はしゃいでてもあーハロウィンか、ってなるようにハロウィンだからって理由をつけたいみたいな

行動が肯定されるイベントと場所がもっとたくさんあれば爆発しなさそうとも思う
学生時代であれば、文化祭だとか(毛色は違うけど体育祭)ではっちゃけることが許される場(イベント)があったけど、大人になっても参加することの出来る場(イベント)って確かに『祭』位なもんな気がするな。
地方で言うところのまさに秋祭り……
みんなで普段とは違う格好して、神輿担いで、酒飲んで、子供は獅子舞や天狗にくっついてご近所を回ってそこかしこでお菓子を収穫できてと、、、、なるほど感がすごい……
コスプレ=ガチ勢のものという感覚、確かにあるなぁ
ハードルの低さが人を集めた説、あるかもしれない


>週末会社帰りに渋谷行こうよ、衣装Amazonでポチれば間に合うんじゃね? そんな圧倒的一般人のノリでも楽しめる「祭り」が渋谷のハロウィンだったんだと思う。
人間の社会って古来から仮装をしたりして踊ってますよね
もしかしたら人類には仮装を好む奇癖があるのかもしれませんね…
子供の頃、自分の学校には無かった学芸会文化と、日本に根付いてなかったハロウィンの仮装文化と、小説で読んだことのある大人の遊び「イメクラ」が同列で羨ましかった記憶がある。
日常のロールからイベントの仮装の力で抜け出してみたいという変身願望があった
うちの実家の町内では仮装盆踊り大会ってのがあってな。
ゆーてみんな顔見知りなわけだが。
誰だかわからんくらい別のものに扮して、家の裏口から出て、誰に話しかけられても大会終了まで一言も喋らず優勝した人がいるって何十年も前の話なんだけど。
昔から大人も仮装すきなのね。
マラソン大会の仮想もまさに同じ。やってみると楽しい。
知らない人ともコミュニケーションしやすい。容貌のよさや走る速さがなくても人にアピールできて褒められる。他人のを見るだけでも面白く楽しい。人には祭りのような楽しみが必要。
神田明神の夏祭りにもそんな気配ある…立地やトライブを飛び越えて無資格で参加できる祭りに人が殺到してる
中世における仮面舞踏会が担っていたような「仮装で身元をわからなくすることで自分自身の内心や潜在欲求を開放する」という役割があったんじゃなかろうか。という感じはするよね
とはいっても地元民に迷惑をかけてはいけないので、もう都内の広大な空き地とかに屋台を設けるくらいしか…
だからこそハロウィンは渋谷を人が目的地もなく無秩序に行き交う日じゃなくてしっかり動線を作れるイベント化してほしかったんだよなぁ
どの道金かけて警備するならちゃんとお金を生み出せるようにさ
こういうイベント、むしろ地域社会レベルの規模で開催すべきなんやなぁと思った。秋の仮想大会みたいな感じで。
でないと渋谷みたいな自然発生的大規模イベントになってしまう。
「潜在コスプレ願望層」確かにそうだわ

 何とかしてこれをいい方向に持ってけないかしら
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