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亡くなってしまったが、昔うちには知的障害のおじいさんが住んでいた。
家族が貧しく彼の面倒を見られなかったので、住み込みでうちの手伝いをして暮らしていた。

3歳児位の知能なので、赤ちゃんは可愛いがるけど4−5歳くらいの子とは本気で喧嘩し、15歳を過ぎたら「姉ちゃん兄ちゃん」と呼んでくる。
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だから、頼まれたらTVをつけて相撲を見せてあげたり、お菓子をあげたりしないといけない。
うちの子達は皆赤ちゃんのうちは子守をしてもらい、大きくなったらお兄さんお姉さんの役割をしないといけない。亡くなった父の事は、20歳も年が下なのに「兄ちゃん、兄ちゃん」と呼んで懐いていたのだ。
父が亡くなって「兄ちゃんがいなくなった」と寂しそうにしていた。たまにトコトコ歩いて父のお墓に行ってその辺で積んだお花をあげたりしていた。家族が見つけたら捨てるのだが。
数年前に亡くなったが、結局今はうちのお墓に入っている。肉親は関わり合うのを嫌がっていたから。
たまに派手な柄の服が見当たらなくなる事があったのだが、母がピンときてそのおじいさんの部屋に行くとそこで見つかる事があった。
母曰く変な意味ではなく「亡くなった母親がそういう襦袢を着てたんでしょう。貧乏なりに可愛がって育てたけどあんまり長生きしなかったみたいだ」と言っていた。
「可愛がって育てたから、きっと心が優しく穏やかなんだよ」と言っていた。
そのおじいさんは一生歳を取らないで3歳くらいのまま亡くなった。最後は老人ホームに入ったが、自分が幼い頃行きたくても行かれなかった「学校だ」と喜んでいて、介護士さんを「先生」と呼ぶので皆クスクス笑っていたそうだ。
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もし知的障害の人を「気味が悪い」「怖い」と思っても、そんな自分を否定したり悪いと思わないで下さい。分からないもの、大人のやり取りができない成人が怖いのは仕方ないと思います、貴方が悪いのではない。
皆自分の人生精一杯生きている。そういう自分を偉いと思って下さい。
引用元
@Bed_gentleman 母の実家にも母の叔父さん(知的障害)がいました。田舎なので、納屋があったり、牛飼ってたり、畑や田んぼがあったりして、伸び伸びと過ごしていたようです。2回くらいしか会ったことはなかったですが、母は優しい人だと言ってました。
私も子供のころ、こういう感じの畳屋お手伝いのおっちゃんと一緒に住んでた。
※私は畳屋の祖父母に育てられた

近所の縁で面倒見てたらしい。私をよく可愛がってくれる優しいおっちゃんだった。

あれから35年、祖父もおっちゃんも、祖母もいない。思い出したら急に寂しくなって泣けてきたよ…  https://twitter.com/Bed_gentleman/status/1231992675622170635 
@Bed_gentleman @araichuu 私の親戚のお寺もそういった方でお手伝いさんがいました

心が子供のままの方だったので、住職が子供の頃はねえやとして、住職が大人になってからは妹のような関係だったのを覚えています

昔のお寺ではよく見られていた光景だったそうですよ
昔そういう「居候(いそうろう)」という文化が日本にはあった。
お化けのQ太郎やドラえもんやハットリ君が普通のご家庭にいても受け入れられるのはその文化がまだ息づいていた頃にスタートしてるから。

そういえば、堺正章の家にもそういう居候の部屋があったと聞いたことが。  https://twitter.com/Bed_gentleman/status/1231992675622170635 
@Bed_gentleman 昔はそうした知的障害のおじさんを地域で面倒を見る習慣があった。
そのおじさんが家に来ると親は彼に薪割りなどの力仕事を頼んでいた(昔はお風呂を薪で焚いた)。家の粗大ごみを処分して貰ったりもした。お礼に食事を出したり謝礼を払ったりしていた。近所の家も皆同じようにしていた。
@punto_nagata @Bed_gentleman うちの田舎はそうじゃなかった。
知的障害や今でいう認知症の人がいた家庭は、部屋の奥に木製の格子をはめた小さな部屋をつくり外に出さず過ごさせていたとのこと。
そんなあたたかな「習慣」が一般的だという印象は自分にはまるで無い。過去はそんなに美しく無いことを人々にも知ってほしい。
@Bed_gentleman 私が小さい頃にも行商で知的だと
思われる方が来て暑い夏の日に
母親に水を欲しいと言って
飲んでいましたが母がその
コップを捨てていたので子供心に
酷いなと思ってました。
母親がいわゆる私はそのような方に
凄く可愛がられるので嫌だった
と聞いて切なくなりました。
@Bed_gentleman 私の故郷にも知的障害があって、近所の人が庭の草取りをしてご飯食べさせたりお小遣い程度のお金をあげたり、でも障害はあっても潔癖症で完璧に綺麗にしてくれてたそう。家もピッかピッかに綺麗、中には奴隷のように使ってると非難する人も居たがその人を見かけたら「ご飯だべて行けよ」と可愛がってた
@Bed_gentleman ツイ主さんたちの優しさがとても素敵だと思いました。
私の妹も同じように2歳児並みの知能です。将来自分が面倒をずっとみるつもりですが自分たちが歳をとったあとのことが怖くて怖くて仕方なかったです。でもツイ主さんのこのツイートを見て少し恐怖心が和らぎました。ありがとうございます。
@336Frand_5 なるほど…「不快だ、怖いな」と思う人はいるし仕方がないしこの家庭環境、好きな人に「変に思われる?」と不安だった事も。

が、私の夫も子供も、妹の夫も兄の元妻も、気がついたら皆そのおじいさんが好きでした。
因みに彼は私の夫を「アメリカ人」と呼んでました…#ドイツ人です
@93bambi @336Frand_5 あと、良かれと思ってお菓子を勧めてくるんです。自分が好きだから。甘くて美味しいから。夫はますます困惑します。
子供にもちょっと目を話すと、近所の年寄りからもらってきたいつのかわからないお菓子を「オジチャンがとっといたからねー」と言いながら勧めてくるので、結構要注意でしたね。
@Bed_gentleman みんな優しくて泣けます😭
@JadeBox_BALI いや、うちの家族全然優しくなかったですよ。
でも「邪魔」って感覚もなかったです、
昔の家ってすごく広かったですし。
ただ父は優しかったし、母は責任感強いんで、ちゃんと最後まで面倒見ましたが。
@Bed_gentleman これはただ「いい話」ではないのですよね。
こういう人の存在は、自分自身や周辺社会などの写し鏡となり、それが持つ優しさも偏見もエゴをも写し出してしまう。おじいさんが生きていた世界が、「優しい世界」だったとは言えないかもしれない。でも、それにつながる要素はあったのかもしれない。
@chunsukekamata 本当に。あと人力が必要な時代ってありましたから、単純作業しかできない人でも、本当にいるだけで助かった時代もあった。
優しい社会ではなかったと思うんですが、本気で人権や正しいあり方を考えれば考えるほど、実際の生活からはかけ離れていくパラドックスもあると思います。
@Bed_gentleman 作業所や近所でもちょくちょく見かける光景ですね。元気よく挨拶してくれる年配の知的障害者の方がいます。他の方には大抵無視されてますが、私はなるべく元気よく返すようにしてますね。その一言の返しで彼等が地域に疎外されていない、と思ってもらえたら良いかなと。
@aaakasonae ははは、でも無視されても意外と全然気にしてないかもしれませんよ!
挨拶返してもらえたら嬉しいでしょうけど。
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