
松本太一@アナログゲーム療育 @gameryouiku
そうだな。
私が興味があるのは、 発達障害じゃなくて「発達」なんだな。
読んでる本もそういうのばっかりだし。加えていうなら、発達の違いが個人と社会にどのような影響をあたえるのか、ということなんだ。
私が興味があるのは、 発達障害じゃなくて「発達」なんだな。
読んでる本もそういうのばっかりだし。加えていうなら、発達の違いが個人と社会にどのような影響をあたえるのか、ということなんだ。
そうだな。私が興味があるのは、 発達障害じゃなくて「発達」なんだな。読んでる本もそういうのばっかりだし。加えていうなら、発達の違いが個人と社会にどのような影響をあたえるのか、ということなんだ。
— 松本太一@アナログゲーム療育 (@gameryouiku) 2017年4月1日
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松本太一@アナログゲーム療育 @gameryouiku
愛着障害もそうだし、今話題のアドラー心理学もそうだし、多分発達障害もそうなんですが、概念にしろ言葉にしろ、客観的に観察不可能なものを取り扱っていると、どうしても恣意的に解釈して使われてしまう傾向がありますね。
松本太一@アナログゲーム療育 @gameryouiku
そういう恣意的な解釈に対し「それは誤解で、本来の意味はこうなんだ」といっても中々なくなりません。
これはその「誤解された」意味のほうが社会的文脈の中で一定の機能を果たしているからですね。
良い悪いは別にして「本来の意味」よりそっちのほうが最新の社会状況の説明にフィットしてたりする
これはその「誤解された」意味のほうが社会的文脈の中で一定の機能を果たしているからですね。
良い悪いは別にして「本来の意味」よりそっちのほうが最新の社会状況の説明にフィットしてたりする
松本太一@アナログゲーム療育 @gameryouiku
発達障害のある人が苦手だとされる「空気が読めない」とか「相手の気持ちがわからない」といったコミュニケーション上の困難は、障害特性だけが原因で現れるのではない。
「障害特性」
「社会的経験のなさ」
「人と関わることへの不安」
この三つの掛け合わせででてくる。
「障害特性」
「社会的経験のなさ」
「人と関わることへの不安」
この三つの掛け合わせででてくる。
松本太一@アナログゲーム療育 @gameryouiku
逆に言えば、コミュニケーションを困難にさせるような障害特性があったとしても、社会的経験を積み直し、人と関わる不安感を除くことができれば、それなりに困難は解消されてくる。
「障害があるからコミュニケーションは苦手」と即断するのは改善の可能性を見失うことに繋る。
「障害があるからコミュニケーションは苦手」と即断するのは改善の可能性を見失うことに繋る。
松本太一@アナログゲーム療育 @gameryouiku
発達障害のある人のコミュニケーション上の困難は、障害特性に加え人と関わることへの不安と社会的経験のなさが理由だが、その困難の形成過程をたどると、幼少期に障害特性ゆえ人間関係や集団活動に失敗して人との関わりが不安になり社会的経験を積まないまま大人になっているという構図がある。
松本太一@アナログゲーム療育 @gameryouiku
こうした経緯を経てきたご本人が「自分は障害があるからコミュニケーションできないのだ」と考えるのは当然である。
しかし、こうした人がサポートを得ながらどこまでがどうにもならない障害特性で、どこからは練習や気持ちの持ちようで改善できるのかを知ることは重要である。
しかし、こうした人がサポートを得ながらどこまでがどうにもならない障害特性で、どこからは練習や気持ちの持ちようで改善できるのかを知ることは重要である。
松本太一@アナログゲーム療育 @gameryouiku
とにかく、発達障害に興味がなくなってきている。
本もあらかた処分してしまった。
発達障害のある子どもや大人のことはますます興味をもっている。
しかし、それは
社会的環境や知的能力を含めての複雑な状態像を見せる人たちのことであり、発達障害なる概念で彼らについて語れることは極めて少ない。
本もあらかた処分してしまった。
発達障害のある子どもや大人のことはますます興味をもっている。
しかし、それは
社会的環境や知的能力を含めての複雑な状態像を見せる人たちのことであり、発達障害なる概念で彼らについて語れることは極めて少ない。
松本太一@アナログゲーム療育 @gameryouiku
しかし、「一人ひとり違って当たり前」といった類の、文字通り当たり前の事実の追認にはさらに興味がない。
私が興味があるのは
一人一人が違うとしたらどう違うのか、その違いはどうして生まれるのか、その違いによって互いの紛争が生じるならそれは以下にして解決されうるのか
ということだ。
私が興味があるのは
一人一人が違うとしたらどう違うのか、その違いはどうして生まれるのか、その違いによって互いの紛争が生じるならそれは以下にして解決されうるのか
ということだ。
松本太一@アナログゲーム療育 @gameryouiku
そうだな。
私が興味があるのは、発達障害じゃなくて「発達」なんだな。
読んでる本もそういうのばっかりだし。
加えていうなら、
発達の違いが個人と社会にどのような影響をあたえるのか
ということなんだ。
私が興味があるのは、発達障害じゃなくて「発達」なんだな。
読んでる本もそういうのばっかりだし。
加えていうなら、
発達の違いが個人と社会にどのような影響をあたえるのか
ということなんだ。
松本太一@アナログゲーム療育 @gameryouiku
本屋で何気なく医療書の棚を見てみると、「本当はコワイ不妊治療」という風なタイトルの新書が眼に入る。
ふと嫌な予感がして裏表紙を見ると「◯◯不妊治療をした結果生まれた子の自閉症発症率は2倍」との文字。
ふと嫌な予感がして裏表紙を見ると「◯◯不妊治療をした結果生まれた子の自閉症発症率は2倍」との文字。
松本太一@アナログゲーム療育 @gameryouiku
かたや多様性だインクルーシブだと言われながら、かたや「本当はコワイ」という文脈で発達障害が語られる。
どちらも社会の一側面だ、様々な考えがあるんだと言ってしまえばそれまでだが、例えば親としてこうした断絶に向き合ったならば如何に聡明な人でも混乱を感じずにいられないだろう。
どちらも社会の一側面だ、様々な考えがあるんだと言ってしまえばそれまでだが、例えば親としてこうした断絶に向き合ったならば如何に聡明な人でも混乱を感じずにいられないだろう。
松本太一@アナログゲーム療育 @gameryouiku
孫氏に
「兵は詭道也、故に能にして之に不能を示し、用にして之に不用を示す」
という一説がある。
そこで私も言いたいのである。
「療育もまた詭道なり」と。
普通なら機能するやり方が機能しなかったり、役に立つ方法が役に立たなかったりする。
ではどうするか、というのが療育である。
「兵は詭道也、故に能にして之に不能を示し、用にして之に不用を示す」
という一説がある。
軍事の基本は敵を欺くことだ。だから能力があっても無いふりをし、勇気があっても無いふりをし、近くても遠いように見せ、敵にとって利益があるように見せて誘いこむ。
敵情によって作戦を変えること
そこで私も言いたいのである。
「療育もまた詭道なり」と。
普通なら機能するやり方が機能しなかったり、役に立つ方法が役に立たなかったりする。
ではどうするか、というのが療育である。
松本太一@アナログゲーム療育 @gameryouiku
あるいはまた孫子曰く「正を持って合し、奇を持って勝つ」と。
これを療育に当てはめるならば、まず人間の発達についての広く深い理解があり、然るのちにその中のイレギュラーたる発達障害児への柔軟な対応が考えられるのである。
これを療育に当てはめるならば、まず人間の発達についての広く深い理解があり、然るのちにその中のイレギュラーたる発達障害児への柔軟な対応が考えられるのである。
松本太一@アナログゲーム療育 @gameryouiku
ところが、正道であるところの子どもの発達観がおろそかなままイレギュラーである発達障害児への「理解」ばかりが先行しているので、本来通常のセオリーが通用しないというところに存立する発達障害児に対し、さも「正攻法」が存在するかのような幻想に多くの人が囚われている。
松本太一@アナログゲーム療育 @gameryouiku
本当に問題なのは、「あなた」が「あなたの周りにいる人」とどう向き合うか、なのだ。
松本太一@アナログゲーム療育 @gameryouiku
定型発達者と発達障害者を並列に置き互いの「違い」を理解しあえば問題は解決するという考えはナイーブすぎる。
なぜならこの話は定型発達者は発達障害者に合わせる力があるという前提に立つが、他方で発達障害者が定型発達者に合わせる力があるという前提に立たないからだ。両者は非対等である
なぜならこの話は定型発達者は発達障害者に合わせる力があるという前提に立つが、他方で発達障害者が定型発達者に合わせる力があるという前提に立たないからだ。両者は非対等である
松本太一@アナログゲーム療育 @gameryouiku
健常者も発達障害者も発達の道筋は同じであるが、発達障害者の場合はその発達に凸凹があると考えるのか、それとも発達障害者は健常とは「別の」発達の道筋があると考えるのか。
これが本質的な問いである。
これが本質的な問いである。
松本太一@アナログゲーム療育 @gameryouiku
多様性を追求するということは、「多様化する断絶」を受け入れることまでも含むのだろうか?
松本太一@アナログゲーム療育 @gameryouiku
発達障害という概念の脱構築。
発達障害という概念の脱構築。
— 松本太一@アナログゲーム療育 (@gameryouiku) 2017年4月1日
アナログゲーム療育アドバイザー 松本 太一
フリーランスの療育アドバイザー。カードゲームやボードゲームを用いて発達障害のある人のコミュニケーション能力を伸ばす「アナログゲーム療育」を開発。療育機関や就労支援機関などで実践するほか、各地で講演会や研修会を開催している。
http://www.gameryouiku.com/
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コメント一覧
コメント一覧 (78)
この人は頭いい人じゃなくて頭良く見られたい人。
意味があるようなないような時代遅れのポストモダン哲学を語る奴がまだいるのか
定義がどうこうとかどうでもいい
明らかに困ってる人間をどう助けたらいいのかを考えろと言いたい
心頭滅却しても火は涼しくなりません
捻くれた意識高い系はカルトにハマりやすい
本当に専門家なの?
単に発達関連の本をたくさん読んだだけの頭の悪い一般人で
自己陶酔が激しいナルシストの日記にしか見えない
チラシの裏にでも書いとけよ
哲学書みたいな糞の馬鹿みたいなグダグダ感なんだわ
実社会で経験積んでればわかるような事を概念的に扱って
一行で言い表せるような事もまわりくどく3Pぐらい使って説明してて
読んでると笑ってしまって突っ込みどころを探す作業になるっていうあの現象
こいつ社会経験に乏しいニートだろ
(´・ω・`)
こういう研究者がいることで治療法やら開拓されるんじゃないの?
この人の主張は無意識に感じてた違和感が形になってて納得できる部分もあったけどなー。そこらへんのブームに乗っかって出版してる奴らよりはまだ信用出来るわ。
人間のマシは誉め言葉だ。(σ・ω・)
人間の普通は蔑む言葉だ。( ・ω・)σ
オマエは私をもっと微妙なニュアンスでアゲアゲにすべきだ。
くどくど長文垂れ流すだけで何も解決しないパターン
ただの独り言じゃん
それ以外はわりと同意できた。具体的な方法について述べてないせいもあるだろうけど。
アドバイスすると、知ったかぶりとむやみやたらに難しい言葉を使うのはやめたほうがいいよ(´・ω・`)
でも今回はなに言ってんのか全然わかりまへん
自分もそう思う
そもそも、管理人さんがつけたタイトルがミスリード気味だから混乱するのかなあ…
多分管理人さんは「発達障害なる概念で彼らについて語れることは極めて少ない」ってフレーズを切り出して「発達障害って概念は古い」ってしちゃったんだと思う
でも、通読したらこの人はこのフレーズから即座に連想することとは違うことを言いたいっぽい?
発達は
障害ではなく
別人種?
連投しててもちょくちょく他人と会話しての結果だったり、あるいは時間を置いてその時々の気持ちを露呈するなら、ああツイッターなんだなって分かるんだけども、
このように連投で大型文章発表するなら、それはもうブログでいいんじゃね?って思う
(現に自分も、自己主張やら何かのレビューやらいつも壮大な長文になりがちだからツイッターは全然やってなくて、ジャンル別にそれぞれブログをやってる)
どこを
どう読んだら
そうなるのか
同意。書いてることは理解できるし有用性もあるし批判したくなる落ち度もないから、唯一の欠点といえば真っ当な主張してるんだから論文形式にしてブログに綴ればよかったのにね。
こういう2chやツイッター形式のように細切れ発言されると、どうにも薄っぺらく感じてしまう。
本当に発達障害関係の本を十分に読んでいるのか、疑わしい
時代の流れやマイノリティな価値観から著しく取り残されたら「障害」となる。
普遍的ではない障害だから、固定した概念を作り上げても、すぐにそれ自体が時代遅れになっちゃうんだよね。
昔の方が生きやすかったであろうタイプの発達障害と、今の方が生きやすいタイプの発達障害がいるようなもんだ。
訂正
マイノリティな価値観→マジョリティな価値観
読んでて次第に腹立って来たのは俺だけか?
人間とゆー資源は、人間が在る限り絶対に無くならない。
ダカラもっと殖やそう(笑)(・ω・`)
人間ならこう考えるんじゃあないかな(笑)
戦争もそんなカンジなんでしょ(笑)
宗教もそーだな。死体でお金稼ぐでしょ。
好きだねェ(笑)(´・ω・)
いやいや、アレよ。独り言なのよ(笑)
ポメラニアンには関係無いカラネ。
ダカラ私にも関係無い。私は知らない(笑)
知っていても教えないし、知ったかぶりをするのが楽しいなら、当然勿体ぶんのも楽しいに決まってんじゃん。
カワイコぶんのはもっと楽しい(笑)
人間は人間なんだよ(笑)(・ε・` )
違いて。今更(笑)
自分自身のための覚え書きって感じで人に読ませる文じゃない。
内容も彼自身の興味の事で、当事者に向けたものではないし。
いわゆる「チラシの裏」的なオナニーツイートで、当事者が改めて読む必要は無さそう。
この人はパーソナリティ障害も含めて、人間の精神の発達分離に興味あるって言ってるんじゃないの?
つまり精神医学的に発達障害分野に興味あると思ってたけど
もっと人間すべてにおいての深層心理や社会心理やらに関心あることに気づいたって話じゃないのかな
脳科学、心理学、精神医学、哲学あらゆる方面が必要になってきそう
意味があるのかなぁ?意味って何の事?
どんな事があれば理解になるのかね?
対症療法
取り敢えず皿取ってみようか、水掻き切ってみる?
「無能」は後頭部を殴りつけて失神させるしかない、のか
相手の裏側に見た意味で、驚いて、叫んで、でもそれは、自分が気狂いなだけ
客観的な「観察者」なんて、あり得ない
人か?河童か?竜か?本人も知らん
見るのは何?それは自分
観察対象をどこまで分節出来るか
ハマれば、丁度良いキマリ方をすれば、アハー!
言葉?それはツール
バラバラにするって、何か
小さく小さくしたところで、そこに原因を、始原を見てしまうなら、認知の有と無の揺らぎを無視するなら、それは小さな魔術空間
出てくるモノは?化学?サイエントロジー?心の病?
舞台の上の幻想を、シカトしたしっぺ返し
くらうのは、鏡の、じぶん
何を求めて考えてるのか、分からないまま、悩む、なら?何をやってるの?
観察者なんて、ただの、かみさま
お地蔵さんにでもなってきたら?
数千年後には科学的な解明をされてるかもよ?
コンサータ適用緩和運動や
薬価引き下げ運動や新薬早期認可運動するほうが
遥かにマシだと思う
言ってることよく分からんけど、治療に反映されてれば良くね?叩くことはないんじゃない?
発達障害とは社会から役立たずのレッテルを貼られた人間への呼び方なのに
そんな社会から不要とされた者達を最早ビジネス理論と化している孫子の兵法で語ろうとする事がすでにナンセンス
当事者にとってはなんにも役に立たない、定型の定型による定型のためのパフォーマンス駄文だ
世間的な発達障害の規定が曖昧で広範囲だから、全体像で語ろうとすると自然と曖昧になるんじゃない?
発達障害を育てる(学び直させる)場が日本の何処にあんのよ
先天的な一次障害である脳障害と必然的に併発される二次障害への対処を発達(努力)って言葉で締めくくっているから
鎖が邪魔なら噛みちぎれよばーかと言ってるに過ぎないよ
転けたら立ち上がれないって問題は知らんぷり
文脈依存的
発達障害と定型発達の仲介を成してくれる存在があればいいんだけど。
ロックマンエグゼってゲームのネットナビとか。
第三者をってしたらその負担をどうすんのかってなるし、AIだとまだね・・・。
この前まとめられてた、自治体が作った発達障害者取り扱いマニュアル、あれを各会社や各学校に配るのはどう?
あとは、「個性的なコミュニケーションの方法(アスペルガー特有のコミュニケーション方法の取説)」「典型的日本人のコミュニケーションの方法(定型特有のコミュニケーション方法の取説)」みたいな授業を小学校の授業でやるとか。そしたらアスペルガーも定型も知識で歩み寄るきっかけになるよ!
そんな意味深長なものではない。ごく普通のことしか書いてない。
>どこまでがどうにもならない障害特性で、どこからは練習や気持ちの持ちようで改善できるのかを知ることは重要である。
こんなことは、発達障害について少しでもまともな本で学んだ人なら誰でもわかっていることであって、発達障害という概念の脱構築なんて大仰な言い方をしなくてもよい。
この人の問題意識はつまるところ、発達障害の誤ったイメージが世間に流布して定着してしまったから、発達障害という概念自体を見直すべき、という点にあるのだと思うが、それなら発達障害の正確な理解を広めればいいだけのこと。岩波明教授は近著でいい加減な診断を厳しく批判しているが、そういう形でやればわかりやすい。
そもそも、想像力・理解力に乏しく無学であるわりに自身の経験知と知性に絶対の自信を持つダメな大人が圧倒的多数なのだから、啓蒙に期待し過ぎるのはよくない。専門家と役所の主導で発達障害者対策を進め、医学的知見に基づいた指導が定着し、結果として正しいイメージが広まってくれるのを待つしかないだろう。
べつに解らない人を馬鹿にしようとしてるわけじゃないのだから、
淡々と内容を汲んで、身になりそうな部分は回収すればいいだけだとおもいまふ。
>この人の問題意識は……発達障害の誤ったイメージが世間に流布して定着してしまったから、発達障害という概念自体を見直すべき、という点にあるのだと思うが、
これは本文中では言われてないんじゃない?
>良い悪いは別にして「本来の意味」よりそっちのほうが最新の社会状況の説明にフィットしてたりする(本文から)
むしろこの人は、発達障害という言葉が本来の意味と異なって使われることで、良い悪いは別にして最新の社会状況に合った一定の説明力を持つと言っていると思う。
なので、この人の文章に対して
>それなら発達障害の正確な理解を広めればいいだけのこと。
この理解は違うんじゃないかな?
>発達障害のある子どもや大人のことはますます興味をもっている。
しかし、それは
社会的環境や知的能力を含めての複雑な状態像を見せる人たちのことであり、発達障害なる概念で彼らについて語れることは極めて少ない。
しかし、「一人ひとり違って当たり前」といった類の、文字通り当たり前の事実の追認にはさらに興味がない。
私が興味があるのは
一人一人が違うとしたらどう違うのか、その違いはどうして生まれるのか、その違いによって互いの紛争が生じるならそれは以下にして解決されうるのか
ということだ。(本文から)
この人の問題意識や興味はここにあると思うよ。
発達障害という概念は誤用されることによりむしろ一定の説明力を持つという前の文章と合わせると、誤用されなければ現状の世界を説明できない発達障害という概念への限界を感じた、みたいなこの人の思いも見えてくる。
>良い悪いは別にして「本来の意味」よりそっちのほうが最新の社会状況の説明にフィットしてたりする
と発達障害について言ったり、
>社会的環境や知的能力を含めての複雑な状態像を見せる人たちのことであり、発達障害なる概念で彼らについて語れることは極めて少ない
とも言いながらも、
>概念にしろ言葉にしろ、客観的に観察不可能なものを取り扱っていると、どうしても恣意的に解釈して使われてしまう傾向
この人が最終的に興味があるとする『発達』も自らのこの指摘のうちにあることを書いていない。
ここはこの文章の弱いところだし、脱構築ならば新たな概念とワードをしっかり提示するところまでいっても良かったと思う。
ただ、この人のこの文章はあくまでも書きながら自分の興味関心を見つけるというスタンスが貫かれているので、自分はそこまで厳しく読もうとは思わない。
おそらくこの人はこういう文章を読み慣れていて、ついそれにならって書いてしまったんだろう
こういう文章を読む専用の読解力が必要とされる文章よね
「発達障害という概念に関しての脱構築的な営みと、現状では要件がしっかり固定されていなければならない"診断"という医療の営みはもちろん相性が良くない。そして現実と療育に即しているのは脱構築のほうである」
という前提がおそらくある
これについては自分の読解なので、違うかもしれない
連投ごめんなさい、つい気になってしまった…
『ただ生きているだけでヘトヘト、午後3時には脳がオーバーフローして停止する』
な俺の惨状が一般人にも解って貰える様に為った。
仕事の分担や組み合わせる人のタイプにも配慮して貰える様に為った。
今更、御専門家様の言葉遊び・思考実験で茶々を入れるな!
『あーヤッパリ!やっぱりそうだ!障害なんて無いんだ~サボりだ~サボり~』
てな阿保が湧く!止めろマヌケ!頭の良い頓馬!空気読めよ!邪魔するな!何考えてんだ。
言いたいことはわかるが、そんな話は記事の何処にも出てこないぞ。
昔々、近くの地表で、こんな事が有った訳だ。
DSM-5で、アスペルガー症候群の名称をなくし自閉症スペクトラム(autism spectrum disorder)に名称を統一。
するとだ、俺の周りの脳筋やDQNは何と理解したと思う?
『アスペルガーは無くなった存在していない』だぞ?エライ目に遭ったよ。
『発達障害は存在しない』と世間に公言し・仲間内で話し・腹の底で思う奴
は
> 発達障害のある人が苦手だとされる「空気が読めない」とか「相手の気持ちがわからない」といったコミュニケーション上の困難は、障害特性だけが原因で現れるのではない。
等々、彼の今回の投稿文から自分に都合のよいキレッパシだけを集めて
『ホラ見た事か!専門家まで興味を失ったぞ!後で治せるって事は障害じゃない!唯の怠け者だ!』と叫ぶだろう、DSM-5の時の悪夢は御免だ。
頭の良い間抜けさん達は、其れが判っちゃあ居ないんだ、
自分の考えを世の阿保がどんな風に捉えるか判っちゃあ居ない、丸切ね。
世間全体が頭の良い間抜けさん達と同じ知的レベルじゃあないんだよ、文章の趣旨から全くかけ離れた結論を捏ね繰り出すんだ。
此の松本太一氏の文章は、路上に差別言語的釘バットやバラ線巻き鉄パイプの材料を並べて置くような物で全く不用意・不用心だ。
「人間の精神的発達とはどの様な過程と結果を持っているのか。社会構造や現象はそれからどの様な影響を受けてきたのか?」
ぶっちゃけ後者には興味無いけど、発達障害が少数派になる以上、体型発達が多数派になる事にも理由があるはず。
今まで「人には個性があるから正解は無い」と散々言われ続けて来た育児や教育に対して、必ず抑えなくてはならないポイントが導き出せるかもしれない。
個々人の家庭環境に踏み込むある種の禁忌なのかもしれないが
徹底的にとゆー部分が肝心なんだよ(笑)
米欄がどこがおかしい、どこが間違ってる、どこがわからないではなく
どうでもいい人格攻撃に走ってる時点でお察し
発達障害者は経験上こういう攻撃が嫌いなんじゃなかったのかね?
人には救いになる
世の中皆平等、自己責任論の世の中になると人が人を助けなくなる
だってどれだけ苦しもうが自己責任で全部済むから
ほんとは生まれたときから障害に限らず人には大きな差があるのに
それを分かっていながら自己責任論を唱えて疲弊した弱者は死んでいく
発達障害=コミュ症、陰キャ、色々なことが劣ってるってやんわりと
世間に広まったほうが自殺したり自暴自棄になる発達障害者は減ると思う
魚が哺乳類に合わせて陸地に出たら死んでしまうように発達障害にも
適した居場所、役割がある、無理すると鬱やら他の精神疾患発症するだけ
ここで松本氏が表明しているのは「自分は『定型発達が正しい発達の道であり、発達障害は良くないもの、治すべきものである』という思想に基づく『障害』という用語から離れて、『特性』としての『発達の多様性』が持つ影響や可能性の方へ目を向けている」ということ。
「発達障害者が持つ性質は良くないもの、治すべきもの」という思想から離れられない人は、そもそもその意味を理解できない。
「(本人が悪いわけではない保護対象という意味での)『障害』という用語によって辛うじて救われている」と感じている当事者は「自分の難しい性質が障害でなくなる→非難の対象にされるおそれがある」と考え反発しているが、松本氏は無理解な社会に対して「障害という言葉をやめよう」と呼びかけているわけでは全くなく、違う次元での可能性を模索しているだけ。
すぐにアスペは自分の都合のいいように捏造しようとする
例えば、重度知的障害の人間は実際にスーパーで買い物するのが困難であるわけで、そういう意味では支援の現場レベルでは重度知的障害という概念、言葉を使わざるを得ないが、その実情と、それを理由にした概念の絶対化や優劣の話に直結させることに対する違和感の存在は矛盾しないし、むしろその違和感を常に意識化しておくためにこういう人はいないといけないでしょう
バカのひとつ覚えみたいに「現実を見ろ」とか言ってる人間はなんなのかねぇ
この人もそんなことはわかった上で言ってんだろうに
dadaや砂鉄と似たようなものを感じる
バカの一つ覚えが得意なアスペは現実を見ようよ
発達障害者と知的障害者とは精神障害者という点で同じでしかないんだよ
バカだなぁ
現にそれで発達障害当事者も学校や職場で躓いてんでしょ?
そのため発達障害は存在しないに概ね等しい。
しかしながら知的障害者や発達障害者は、これら言語の処理を不得意とする傾向にある。
完結でなく無駄な情報が増えやすい例え話をしてしまっては、意味のない言葉遊びと感じられてしまったり混乱させてしまうことも多い。また無駄な情報を省けない傾向や、他人の心象を悪化させやすい発言傾向も発達障害にはある。発達障害について語る時にも、その内容には当人の現実認識などが強く現れてしまう。その面からしても「現実を見ろ」との言葉には大きな意味が存在する。
どれだけ遺伝子バリバリで事件や事故に巻き込まれて死んでしまっても診断名が無い時代に生まれても、発達障害として診断されなかったら定型者だけどね
そんなことはわかっているという話なのになぜそこにつっこむのかわからん
現実の役に立たない、現実に即さない議論に使う資源は無駄であり、そんなものをするために使う紙、電力、本人の食料がもったいない、環境破壊に等しいとでも言うのか
「人口における比率やそれに基づいて作られた社会的環境、そして地球という星における物理的な自然環境における相互作用場面において不都合が生じる場面が多いから便宜上障害という概念が作られて適用されているのみであり、あくまで恣意的なものに過ぎない」
わけであることに変わりはあるまいよ
例えば、「腕がない身体障害者」も、どの環境下でも不利なわけではない、むしろそっちが有利になる環境すらあり得ると考えてるが、そういう意味で障害ってのは、本人の中じゃなくて本人と環境との関係性の中に仮に貼られたレッテルだろう?
>>67はわかるけどお前のは意味がわからない
>>63と同じ人で自分へのレスだと思ったんだったら統合失調症の被害妄想か何かか
そんなことはわかっているという話なのになぜそこにつっこむのかわからん
私の意見は71かな
現実的に支援したり法整備する側はもちろん現実に基づいた対策取るべきだと思うが、同時に絶対の優劣が無いって発想はどっかに持っとくべきだろうという話
その問題提起として「現実に即さない議論」は必要なわけで
「目がひとつしかない人間」は現在(これまで)の地球の、社会の中において障害とされてるだけだろう?
わかってるならいちいちこういう議論に目くじら立てなくてもいいんじゃないかな
私は67的な視点ももちろん必要だと思うしな(天使ちゃんは個性!的な意見を現実でも押し通そうとするのは無理があるし、無理矢理推進すれば本人らがさらに不利益被るのは目に見えてるから)
障害等級表|厚生労働省
http://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/rousaihoken03/
視覚障害者の理解のために
http://www.rehab.go.jp/Riryo/hk_tebiki/hk_tebiki_info7_1.htm
>>75とも同一人物だとしても、発達障害者全員は視野狭窄で自己中心的な怠け者だとは思わない。しかし現実的にあなたは天使ちゃんであり、それが客観性に乏しいあなたの個性の一面と見える。
>>68の再読を願いたい。
「「目がひとつしかない人間」は現在(これまで)の地球の、社会の中において障害とされてないだろう?」と読んでしまいました。
やはり感情的になったり断定的な表現になっている時は視野狭窄で自己中心的な怠け者になるんでしょう。それでも自分は攻撃的で非礼で不要とは承知ながらも、あなたが天使ちゃんもあるとの見解は覆しません。
※一部の悪質なユーザーに対処するため、現在広域でのIPアドレス規制を行っています。
コメント禁止処置に該当しない一般ユーザー様にも巻き添えで書き込めない回線があることを予めご了承ください。
※一部の悪質なユーザーに対処するため「通常であればポリシー違反が適用されないいくつかの単語」をNGワードとして登録せざるをえず、問題のない文章でも書き込みできない場合があります。予めご了承ください。
※悪質なユーザーを発見した際はメッセージにてご一報ください。アクセス規制処置を行います。