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最近日本でも話題のギフテッド、
アメリカ(英語圏全般かも?)では数年前から若者の間で "gifted kid burnout"って言葉が流行ってる。
小学生の時にギフテッドだって周りの大人達に褒められてそれが自分のアイデンティティになった結果、後々学業面で少しでも苦労するとクラッシュしちゃう現象。
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反応&感想

あぁー。確かにありそうだ…
ギフテッドだと信じる周りの期待に徐々に応えられなくなる自分の実力。

これは辛いやろうなー  https://twitter.com/yakinik_tabetai/status/1570914858601971716 
@yakinik_tabetai ぼくを神童と呼んだ大人たちに言って聞かせたいです
昔からある、「神童も20歳過ぎたらただの人」ってやつですな。  https://twitter.com/yakinik_tabetai/status/1570914858601971716 
「学力の経済学」に頑張りではなく賢さ(才能?)を褒められた子供はその後難問に立ち向かえなくなる傾向があるって書いてたけどまさにそれ?賢さを支えにしちゃうと困難に負けると根拠がゆらいじゃう=挑戦せずにプライドを守るからなのかな。  https://twitter.com/yakinik_tabetai/status/1570914858601971716 
公文式で陥りがちなやつだ…今は知らんけど。昔2個上の先輩が小学生ブーストで2学年上の算数解いて秀才だと勘違いして中学で落ちこぼれて見事にグレてた。あれはかわいそうだと子供ながらに思った。  https://twitter.com/yakinik_tabetai/status/1570914858601971716 
科挙にも「童試」と呼ばれる子供限定の試験があって、神童の伸びしろを見越した特別枠が存在した。

けれども、基本的には早熟な子供というだけで、大人になって大成した人間はほとんどいなかったという。

『十で神童、十五で才子、二十歳過ぎれば只の人』とはよく言ったもので。  https://twitter.com/yakinik_tabetai/status/1570914858601971716 
これは教育界では昔から言われていること。だからギフテッドは特別支援の一環であって、両手を上げて喜びことでも、ギフテッドだけ集めてクラス作ってもそれぞれ違いすぎて成り立たない。日本で持たれているようなギフテッド=天才、エリートというイメージは大きな勘違い。  https://twitter.com/yakinik_tabetai/status/1570914858601971716 
むしろギフテッドの子を天才!と褒めて育てる世界観があるのだろうか。あるのだろうけど主流ではない気がする。マジョリティに属していないことによる困りごとを解決するために支援を受けるだけと言う感覚なんだけどなぁ。  https://twitter.com/yakinik_tabetai/status/1570914858601971716 
前にちらっと書いたけど、Gifted教育を受けた同僚が大学で大きな挫折を経験した話をしていた。Gifted認定の子たちとずっとひとクラスで高校まで過ごしたから、大学にまったく馴染めなかったということだった。学業でついていけなかったとかではないが、これも一つの弊害かもしれない。今は楽しそう。  https://twitter.com/yakinik_tabetai/status/1570914858601971716 
20過ぎればただの人。
でも、常識あるただの人になるのは意外に難しいんだよ。  https://twitter.com/yakinik_tabetai/status/1570914858601971716 
これって結局ギフテッドネスに対して適切なサポートがされなかった結果で、それが文化の違いによって日本とは逆方向に現れてるという話だと思うので、やはりそういう子のための個別最適化された学びの支援が必要にみえる。  https://twitter.com/yakinik_tabetai/status/1570914858601971716 
ギフテッドという言葉が先走りして、そこだけを括ってしまうとおかしな方向にいく。
ギフテッドだろうが定型だろうが発達だろうが知的だろうが、困ってる部分は支援していく、担任だけじゃ無理ならいろんな手を借りる、地域と国と保護者と一体で子どもが安心できる学校を作っていけたらいいと思う。  https://twitter.com/yakinik_tabetai/status/1570914858601971716 
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