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「枠」に収まるように字を書けない…

枠を参考にしながら字を書くには、

枠と字との相対的な位置関係を理解するための
アロセントリック座標を利用することが必要です。

これに対し、枠を無視して書くのが
エゴセントリック座標です。

定型ではアロを利用しがちなのに比べて、
ASDの方はアロとエゴで差がないことを研究で報告しています。
 https://twitter.com/pekarinhika/status/1370552534734053376 
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アロセントリック座標とエゴセントリック座標

この研究についての過去のツイートをリンクしておきます。
実験では、画面上に枠に囲まれたターゲットを提示し、そこに向けて素早いリーチングをしてもらいました。
その直前に、ターゲットは消失するとともに、枠が左右いずれかにシフトします。
記憶したターゲットの位置をタッチする訳です。

定型の方ではタッチの位置がシフトした枠の方向に引きずられます。

pone.0236768.g001

pone.0236768.g002
一方、ASDの方では目標に向けての動作で、枠の影響はさほど大きくありません。

外界の物体の位置を把握するためには、外部中心座標と自己中心座標を利用すると考えられています。
例えば、デスク上のカップの位置を把握するためには、周辺のパソコン、キーボード等との関係を自動的に計算しています。
それと同時に、カップに伸ばす手との空間関係も計算しています。
上の例が外部中心座標、こちらの例が自己中心座標です。

つまり、
定型の方では物の位置を知るために他の外界の物体とどういった位置関係にあるのかに比重を置いた処理をする傾向があり、ASDの方では偏りがあまりないことになります。
日常場面では、枠の中に字を書いたり、的に当てたりといったことの苦手さと関係するかもしれません。
この実験では枠の中の図形をタッチする課題でした。
注意していただきたいのは、この実験でアロセントリック座標を利用することは、正確な図形の位置を理解しているということでは“ない”ということです。
定型で見られる方略は、日常生活で枠を利用することが処理の効率化に繋がりやすいため、
かえって自動化された処理によって正確な外界の理解を阻害することがあることを示しています。

枠は惑わされず、エゴセントリックな方略で外界を理解し、動作する方が有利な場面もあります。
枠の中に字を書く、基準に沿って線を引く、的に向かって動作をするなどなど、
アロセントリック座標の利用を求められる場面は、教育の現場ではとても多い印象です。
ただ、私は研究者なので、どの場面では本当に役立つことで、どの場面では単なる慣習なのかを考えてしまいます。
脳の特徴からくる外界を理解し、はたらきかけるプロセスの個人差があるので、
それが広く知られるようになればと考えています。
少なくとも、字を枠に収めることが生存にとって有利だとすれば、
慣習によるもので、
一人一人の感覚や運動の違いに思いを馳せる心のゆとりのある社会になればと思います。
参考リンク

反応&感想

なるほど。

枠内に文字を収めることが難しい人とそれができる人の捉え方の違いが、
自分から見た座標か、相対座標か…なのか。
 https://twitter.com/IDEmRes/status/1371101746395705350 
エゴセントリック座標とアロセントリック座標、
エクセルでセルを参照するときの「絶対参照」と「相対参照」みたいな感じ。
どうしてデフォルトが相対参照なんだろう、と思ったことがあるんだけど、
定型発達の人には相対参照のほうが「普通」なのかもしれない。
すごく納得した。
うちの子が書き取りが下手すぎて私は「枠があるんだから分かりやすいだろうに、なんで?」と思っていた。
左上の真ん中らあたりから一画目スタート、とか脳内で処理して書いてないんだよね。
そして逆再生で文字を書く。一文字ずつだいたい、下から上、右から左に書く。  https://twitter.com/IDEmRes/status/1370888459108327426 
ぼくも枠の中に収まりきらない大きな字をつい書いてしまいがち。
はがきの住所宛名書きとかが大変にアンバランスになる。
あとまっすぐ平行、垂直に文字をかけない。
あまり周りの枠を意識して文字を書いていない気がする。  https://twitter.com/IDEmRes/status/1371101746395705350 
ASD長女は枠の中に字を書くのが極めて苦手。
たとえ自分の名前でも枠の中となると途端にクラクラして書けなくなるため、銀行口座を開く時に窓口で普通の3倍以上時間がかかった。
名前が書けないことを怪しまれ何度もパスポートをチェックされたらしい。
枠が無い、アンダーラインの上ならスラスラ書ける  https://twitter.com/IDEmRes/status/1370888459108327426 
乗り遅れましたが、面白い記事でした。

記憶力の良い子だと「枠+文字」のバージョンで文字を二重に暗記して適応している子も多いのかも、とか考えながら読んでました。

漢字の文化圏だと、このパターン数が無数に増えるから適応難しそう。  https://twitter.com/idemres/status/1371101746395705350 

「読み書き」以外にも汎用化できる概念かもしれない

久しぶりに予言めいたことをつぶやきます

井手先生の仰る、アロセントリックとエゴセントリックという言葉ぜひ覚えておいてください

近い将来、ASD特性理解の超重要視点の一つになります

この視点で理解できることは、書字だけにとどまらない、
汎用性の高い理解だと私は予想しております
 https://twitter.com/IDEmRes/status/1370888459108327426 
ASDは対象を認識するとき対象と枠との相対的な位置関係を基準とする「アロセントリック処理」よりも、枠を無視した絶対的な位置を基準とする「エゴセントリック処理」のほうに親和性がある。

様々なアスペエピソードの理由を暴いてしまいそうな概念だ……
面白い😌

物体の位置を把握するとき、
定型者は周辺の物体(実験では"枠")との相対的な位置関係、
ASD者は自己との絶対的な位置関係に比重があると示唆する研究📐

人類が石や槍を投げてた頃、ASDは何をしてたんだろ🤔
敷衍して、常識のような"枠組み"を等閑視しがちなのも関係あるのかな?と思っちゃう🗺  https://twitter.com/IDEmRes/status/1329218718895730688 
アロセントリック座標、エゴセントリック座標、枠の理解。
この辺りが、乳幼児期の「無い」という状態の概念的理解(言語の獲得前なので、概念ではない)や、白黒じゃないグレー(中間層)の理解、
その後の抽象的な概念や自己・他者概念の獲得の基礎になっているのかもしれない。
大変興味深い。  https://twitter.com/IDEmRes/status/1370888459108327426 
ASDおよび自閉傾向のある人は、そうでない人と比べて絶対音感を持つ率が高いようですが、
相対的な枠に影響されずに絶対的な値を選び取りやすいというところが、共通しているように思いました。  https://twitter.com/IDEmRes/status/1371101746395705350 

社会性や思考パターンとの関係

アロとエゴ、
これは社会、人間との距離感においてもおなじでないのか
 https://twitter.com/IDEmRes/status/1370888459108327426 
「ASDは論理的だといわれるが実際そうだろうか?」な理由の一つに「論理が重視されない場面で過度な論理性(厳密性)を発揮してしまう」という"木を見て森を見ず性"というのがあるけど、
これも問題の枠を無視してフォーカスした部分のみを絶対座標にしてしまうエゴセントリックな処理の結果なのかしら
ASDは論理的と言われるが実際そうだろうか?な理由、アスペは分解能が高いのでフォーカスした対象については厳密な検討が可能であるが、全体の要旨をみて細部を捨象するセントラルコヒーレンスがバグってるので厳密性を採用する"場面"を間違うからなんだよな。
要は「分解能の適切な調整」ができない。
何か大事な議題について話をしているときに、発話者の誤字脱字に対して「その言葉の使い方はおかしいんですよ」と辞書を引きながら詰め寄るような分解能が暴走したアスペは少なくないですけど、
論理的だと評価されない理由は「今、そこは大事じゃない…」からなんですね(不適切な厳密性の採用)
この手のアスペ特有の分解能(厳密性)を全体の枠組みを無視してエゴセントリックに採用してしまうと、
テクスチャとしては論理風なのに全く論理的なことを言えていないアスペ、
というのが生成されてしまうのかなと。。
(↑おそらく当該研究におけるエゴセントリック処理は思考や認識ではなく運動や作業、視機能などの身体的処理において有効な概念だと思われるため、ふつうに言葉の運用を間違えている可能性がある)
@hattatu_matome 論理性というのは面白い観点だと思います。
実際、私も多様な処理方略に般化できる特徴の可能性があると考えていて、実験で検証しようと考えているところです。
次にアロセントリック座標の利用について、社会的場面に関して実験してみたいと考えていて、論理性など広げていくのは興味深いですね。
凸凹ちゃんねるさんの視点は、アロとエゴを知った時に私が感じた発想と重なり合う部分が多くとても興味深いです

私は、この特性が社会性や思考パターンについても理解の視座として有効なのではないかと直感的に感じています

また厳密性を用いる対象がズレるという視点もめちゃわかります  https://twitter.com/hattatu_matome/status/1372169021684994054 
この部分については、どこに自分の詳細な情報処理力を使うべきかという、
メタな視点での思考トレーニングをすることで、武器化することが出来るのではないかと思ってます

正直ASDタイプの若者への支援は、社会性など言って多数派に寄せるためのものより、こちらが本質かと思うくらいです
コミュニケーションエラーの修正がなかなかできない大きな要因に、

そもそも「同じ土俵で議論していない」ことに「お互いが」気が付かないということがあると思います。

対話をする前に土俵を共通認識にする作業が事前に必要です。  https://twitter.com/IDEmRes/status/1370888459108327426 
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