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読書感想文不要論に絡むんだけど、日本の公教育の「技術不要論」って、本当に困る。体育も美術も音楽も、やらせるだけで「技術」を教えてくれない。自腹払って塾や私学に行かないと「技術、テクニック」を学べないのは、アレはなんなんだろう? 自然こそが良いという日本の美意識なんだろうけど。
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「作文」だって、自分の意図を他者にうまく伝える技術だから教える項目は山ほどあるのに教えない。思ったままを書けと言われるけど、「思ったままを書く」のも技術。受験テクニックに偏りすぎるのはまずいけど、そういうのを教えないから逆説的に「教師受け」とか考えなきゃいけなくなるんだよ。
「速く走る方法」「歌い方」「絵筆の使い方」とか教えてくないもんだから、自己流になるし歪む。あと変な形で「ハック」しようとする輩も出てくるし。個性や天性の才能は「技術」の先にあるし、「基礎的な鑑賞方法」や楽しみ方は伝達可能な知識なので、それを教えてほしい。
「小説の書き方」もまた技能だし、「創作講座に通わずに小説家になった」先生も多い。だから「創作講座に通うことで型にはまる」という懸念する作家も多いんだけど、読書感想文も小説の書き方も、ある部分までは伝達できる「技術」だから、そこは公教育でも教えられるはずなんだよな-。
引用元
たしかに副教科で何か技術的なことを教えてもらった覚えはないなあ。ただ「やれ」と言われて、元からできる人間が優遇されるだけ  https://twitter.com/nakatsu_s/status/1277736000328830976 
体育教育のルール知ってる前提の進行は本当に謎だった サッカーとか野球とか  https://twitter.com/nakatsu_s/status/1277736000328830976 
これは本当に思う。特に、水泳なんて、ちゃんとした人に教われば、誰でもある程度できるようになるらしいじゃん。学校での水泳教育が始まった経緯などを考えても、きちんと技術を教えてほしい。  https://twitter.com/nakatsu_s/status/1277736000328830976 
まさしくこれ!

昭和の話だが
小学校4年の時、跳び箱を教える達人が学校にやってきて
数時間教えただけで、全員8段以上跳べるようになった

クラス全員が、いままで何年間も何やってたんだろうと唖然

心の教育とか言う以前に、まずテクニック!  https://twitter.com/nakatsu_s/status/1277736000328830976 
@nakatsu_s > やらせるだけで「技術」を教えてくれない

通知簿でもそうですよ。
「友達を作りましょう」
「みんなと仲良くしましょう」

「では、どうやって」は教えてくれません。
作文、自分が子供のときは何も思わなかったけど、ASDの子が小1の夏休みで作文の宿題が出たときに気づいた。

作文の書き方教わってない。

うちの子は特に自由に書くということができないので、書き方指南がないとまるでできない。
本屋へ行っても小学生向けの作文の書き方の本がない。  https://twitter.com/nakatsu_s/status/1277736000328830976 
@nakatsu_s 中学校の美術がまさにそうでした。ただ課題を与えるだけで、何も教えてもらえなかったです。今から思うと「木の描き方」、「物の影の描き方」だけでも教えてもらえればすごく伸びたのですが。今、娘はネットで影の付け方を学んでいます。
昔から思ってましたが「正解を教えたら本人の為にならない」という間違った考え(そこに至る過程を教えれば良い事だと思います)が広まって、正解を伝えないうちに失伝してしまったように思います。  https://twitter.com/nakatsu_s/status/1277736000328830976 
@Hyokonoko @nakatsu_s 美術に関しては 創造美育運動 のせいかもしれない
小さい頃から 「魚はこう書きなさい」 「葉っぱはこう書きなさい」
って模写させるせいで子供の独創性が失われるからよくない
って運動があったんだよ
その運動が結実していまの何も教えない小中の図工美術教育になった
戦前の教育が「国のため」であったところから教育が「自分のため、国民のため」になる過程で「自分の言葉で綴ること」が重視されていった、みたいな歴史が云々…この辺にはまると沼  https://tsukuba.repo.nii.ac.jp/?action=repository_action_common_download&item_id=28896&item_no=1&attribute_id=17&file_no=1   https://twitter.com/nakatsu_s/status/1277736000328830976 
この技術軽視は、大正時代に起きた在野の教育者による綴り方運動に由来するそうです。
江戸時代まで、文章は庭訓往来などの手紙文の模倣から入るのですが、そういう型の習得ではなく、もっと自由な文章を書くべきだという運動。これ自体は悪くないのですが、その結果として技術軽視に。  https://twitter.com/nakatsu_s/status/1277736000328830976 
教師が技術を教えられないからじゃないのかかなあ?
私の記憶にある限り、専科の先生はそれなりに教えてくれたし…まあ、得意分野だけだとは思う。
音楽の先生が合唱にめっちゃ力入れすぎて音楽理論全然やらなかったり、音楽理論ばっかりゴリゴリやったり、指導要領はどうなってんだと思ってたわ  https://twitter.com/nakatsu_s/status/1277736000328830976 
@nakatsu_s 仰ることほぼ同意ですが、「技術不要論」は実は現場にはない気がします。技術は不要、個性が大事、好きに書け…というのは、むしろ保護者側(世間)の要請で、それが弊害を生み出しているかと。「型」を教えなければ「型破り」の才すら生まれてこないのに「型」を教えることを軽視する人が余りに多い。
@nakatsu_s @tainoe_tainoel 小学校の多くの先生が、指導要領や指導書に書かれた技能を意識した授業はしてると思います。
ただ、担任ひとりに四十人前後の児童、多すぎる学校行事のために潰れる授業時数を考えると、過半の子に技能を理解させることすら困難です。
先生方がはじめから技能を無視してる訳ではなく、無理なのかと。
おかげで塾教師としてはふつうに国語の授業するだけで感動してもらえます  https://twitter.com/nakatsu_s/status/1277736000328830976 
教員身分の固定化が原因やと思う。いろんな技術を持ったいろんな人が教員免許を持ってて、多くの人がキャリアの途中や一部で学校でも教える形になれば、変わると思う。  https://twitter.com/nakatsu_s/status/1277736000328830976 
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