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人権啓発系ポスターって、みんな明るくていい人で仲良くて大好きで心温まるような絵柄が多いですよね。
あれ、誤解を広めているような気がするんですよ。

暗くて悪人で仲悪くて大嫌いで心底不快に思うようなことがあっても、
個人として否定されない、
絶対に守られるという最低限の防波堤が人権なんです
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「人権=思いやり」というのも、誤解を広めるもとになっているように思う。
思いやりがあろうがなかろうが、関係ない。そういうのに左右されず、とにかく無条件に個人が守られるのが人権です。

多数派の思いなどによって左右されてはならないのです、個人の権利というものは。そのへんが軽視されている
多数派の理解を得るために「みんないい人。思いやりを」という啓発が多かったのでしょうが。人権承認の権限を「多数派に握らせたままにしてしまった」のが最大の過ちでした。
納税してない、義務を果たしてないから権利を奪えという主張が出てくる。権利教育のミスです。「奪えない」と教えるべきです
引用元
@jinrui_nikki 言われるまで思い当たってませんでした。
ちょっと嫌な人から、貧しい人とか更に言えは犯罪者まで
人権は奪われないものですものね…確かに思いやりではない。

何であんなふうに教えられてるんだろう…
@jinrui_nikki 殺人容疑者だって、刑が降るまでは拘置所で結構優雅な暮らしができる、未決囚だから。
そんな理不尽さも含んだものが人権なわけですね。
どうしてそこまでせねばならぬのか、と遺族に責められても感情で納得できるような答えは出来無いのでしょうね。法治国家を守るためとしか言いようがない。
そうそう。人権というフレームワークの話なのだから、中に入るのは「人」であり「人」でさえあれば、男女・貴賤・明暗・善人悪人などその内容を問わない……というだけ。 twitter.com/jinrui_nikki/s
暗くて悪人で仲悪くて大嫌いで心底不快に思うようなことがあっても、個人として否定されない、絶対に守られるという最低限の防波堤が人権なんです twitter.com/jinrui_nikki/s
自分に守られる人権があると言われると生きる力になる。許すことができない昔の上司にもあるって言われるとモヤッとする。しかし、権利というのは自分の好き嫌いで左右されるものじゃないのだという視点は常に覚えておきたい。 twitter.com/jinrui_nikki/s
人権週間の標語が悉く基本的人権の存在理由に反しているという地獄www> twitter.com/jinrui_nikki/s
いつも多様な人が、寄り添っているポスターに感じていた違和感はこういう事か。じゃあどんなのはいいのかというと難しいけど。 twitter.com/jinrui_nikki/s
禅問答みたいだけと、
自由であるために我慢するのが大事なわけですよ。 twitter.com/jinrui_nikki/s
人権ってのを考えるときに光り輝くイメージじゃだめだよね。本来最低最悪で生理的嫌悪感で近寄りたくないような人間にこそ想定されるのが人権。
そんなに楽しいものではないけれど、それを毀損すると社会の尊厳そのものが傷つくようなものだと教えないといけない。 twitter.com/jinrui_nikki/s
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