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病気になってから宗教の勧誘をたくさんうけた、いまは勧誘をうけることはずいぶんと減った。

いまは神父さんや牧師さん、お坊さんなど指導者クラスの方々とお会いする機会が増えた。

指導者と信者におおきな差があって、それは選民思想の有無だ。
勧誘してくる信者はとにかく選民思想がつよい。
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日本に宗教離れがおきているのは、選民思想つよめの信者さんが勧誘しているのが一因だとおもう。

相手からバカにされてるのがよくわかる、がんばって隠してるけど。で、勧誘をサラッとことわると「地獄に落ちる」が定番。

指導者の方はそういうことはないので、安心して会えるし話がおもしろい。
引用元
この信仰でしか救われないとか、この信仰でなければ真の幸せではない、というやつでしょうね
「勧誘してくる信者はとにかく選民思想がつよい」← これ本当です。
同じ宗教の同じ教会にいてもそれは実感します。

一人の熱心な信者から 「さあ、あなたも早く救われて下さい。 私達と一緒に天国に行きましょう。」 と言われて 「あんたと一緒なら行きたくない」 と思った事がありました。
たまにどこかの教会の礼拝などに参加すると、それを強く感じます。
「私たちは『救われた』立派な人」「あなたは『救われていない』かわいそうな人」みたいな感覚ですね。
宗教をないがしろにする気はないのですが、わたしも盲従している方々に疑問を感じていました。

そこに選民思想があること、そこから日本での宗教観の薄れ。考えてみるとそうかも知れません。

ヘーゲルの言う徳の騎士が、ここでも独善的に善を振りまこうとするのでしょうか。
"勧誘してくる信者は
とにかく選民思想がつよい。"
宗教以外にも勧誘に関しては
心当たりが結構ある
うちのママンを勧誘しようとしてた某宗教のお嬢さんに、母の死を伝えたらうっすら笑ってたな。選民意識という言葉で、なんでだか思い出した。
昔、宗教の勧誘に熱心な友人から母の葬儀の朝に電話が掛かってきて、
入信しなかったからお母さんは死んだんだよ、とわざわざ言ってきたことがありました。

この世にもういない人にも縁あって出会えた人にもそんな言葉は言わん方がいいよ、と伝えてご縁はそこまでに。。。
僕は折伏は本当に嫌いです。
信じるのは構わないが間違いとか言われるのは嫌。
良いと思った事をお互いの信じてる物で共有出来るなら、他の信者の方とお話したいと思ってる唯一神を信仰している人間です。
そういえば、聖書に興味があって通っていた日本人のバイブルスタディで信者になる勧誘を受けた時のこと。
宗教とは関係なく聖書を読んでいきたいのでと断ったら、リーダーの人に、ああ、あなたはまだそのステージに来てないんですね、残念ですねって言われた。
一生そのステージに行くもんかと思ったw
そういう不安を抱えてたまらない人こそ宗教を必要としているから構造的な必然性じゃないですかね
そういう人たちを責めてもしゃーないです
選民思想のようなものを抱えたまま熱心に宗活する人というのは言い換えると、宗教という反動で大きな不安をかき消しているにすぎません。
宗活するということは多くの宗教で功徳ポイントを貯める行為ですから、不安が大きい人ほど熱心に活動するわけです。
もちろん不安がなくても活動する人もいますが
まぁそうだなぁ。
勧誘とか布教は基本的にそんなに興味がない。
自分が指導者とも思わないけど。
ダイエットの理論だってどれだけ確立されてても本人がやろうと思わないと理論や有用性を熱弁しても無駄でしょうし。求められれば伝えるけど押し売りはしない。
なるほど。
私はびっくりするほど宗教などの勧誘を受けたことないんだけど、選ぶに値しない民なのだな。

本当にびっくりするほど。
宗教をやっている知人もいるのに。
誰も心配してくれてないのかな😭😭😂
私が幼少からずーーーーーっと言っていることを幡野さんも指摘しているぞ。
最初はミッションスクールという仕組みがよくないのかと思ってたんだが、
高校卒業までの長い長い時間をかけて「人」のせいだと理解したな。

高2のときようやく「この人!」と思える修道女に会うまで、ろくな信者を見なかった。
続)「ミッションスクールに通おうが、先祖代々檀家だろうが、いきなり壺や水を買わされようが、世界宗教か否かもまるで大差なく、
大半の日本人は『この人』のような宗教指導者と対話する機会に一度も巡り合えぬまま、
その手前で人生を終えるのだ。それはなんと不幸なことだろう」

と思いましたね……。
思い当たる節がある。
自分は無宗教だけど、知り合いのキリスト教の指導者の方は全然押し付けがましくなくてすごく素敵だと思った。
逆に信者の方は押し付けてきたり傷をえぐるような感じで、嫌だなと思った。
宣教師や牧師さんと仕事してたけど、一度も勧誘されたことないし、クリスチャンじゃないけど何も言われたことありません。
指導者のお話は私の価値観を広げてくれたました。
世間からカリスマのように崇められている経営者と、その組織の末端でノルマに追われ必死こいて走り回っている人たちみたいな感じじゃないのかな。
ただ、指導者はそうではないと言っても、選民思想の強い信者を多数生み出しているのであれば、指導者の指導責任が問われるでしょう。
「指導者である私は違うから」で済まされるのであれば、何のための指導者か。
その指導者が指導しているのに、信者は選民思想あるんですよね
不思議すぎて意味がわかりません
不幸の匂いを嗅ぎ分ける能力に長けてて怖すぎる
布教って本来下っ端信者はやっちゃいけない事だよね。
正しく教義を理解しているかどうかもだけど、それを正しく伝導できるのかって話。
末端がそういうふるまいになる宗教の上の方の人がまともであるとは思えません。
腹の中を隠すのが上手なだけなのでは。。
あとは「あがり」を吸い上げ集めていることによる余裕。
同意です。
ただ末端にいる信者たちは教義を都合よく歪曲解釈してしまいます。
仮に超優秀な指導者の元でもそれはおきます。
itoi_shigesato それはどんな団体のどんな決まりであれ変わらないと思うし、
どんな指導者やどんなチームでも組織が大きくなればなると思いますよ。

「最低賃金」ってことばを「これだしとけばいい一般的な賃金」って解釈する人が多いみたいなもんで。
公式的には選民的な意識を出すのはダメだと表明されていたとしても、
そうした態度設定が一般のメンバーにも理解可能な形で伝達されていないというケースが多々ありそうです。
とある宗教に母が3億円お布施しまして
HARU
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