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これは死ぬまでいい続けるとおもうけど、
人は病気で苦しむではなくて、
病気になったあとの人間関係で苦しむんです。
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引用元
これは本当に深い。
確かに生まれつきの病気で
いろいろ人間関係、人生が
めんどくさくなってます。
特に、遠慮なく踏み込んでくる近しい人とか、フレネミー全開で嘲笑いにくる人とか
病気そのものというより、取り巻く環境(支援してくれる人との関係や密度もそう)が苦しくしんどい。
助けますよ?頼ってください…が、実は「いやもう頼むから近寄らないで」て思うくらい圧迫をかんじてしまう。精神的な危機はやはり専門職ですら見えぬのかと落胆した。
がんになって、信頼してた人が一度も見舞に来ることなく距離置かれたときは現実認めたくなくてあがいた。
諦念し私から離れた。
がんが本来の人間関係の脆弱さを炙り出した。
うちのばあちゃんがそれだった。
あんなにも楽しく友達とお茶してたのに、ガンになったら隠れるように過ごしてた。(野次馬根性を相手にするのが面倒で)知られたくないからって。
母親も家族に対してひどく申し訳なさそうにしてるから家族でさえ人間関係って大変だと思ってまう。
人間関係って本当に分かりやすい。
仕事を辞める、鬱状態になる、これだけで蜘蛛の子を散らすように人が去っていく。
うつ病になってわかったこと。
うつ病の苦しみの半分以上はうつ病の症状そのものからではなく、周囲の言葉や態度からもたらされる。
とくにうつ病の場合はほとんどの場合もともと「過剰な自責の念」があるから、周囲の言葉でさらに自分自身を傷つけ、自然治癒を妨げる。
病気がわかり治療をはじめてから、年単位で長引くにつれ人が去っていく。ある人から、毎日「治療だけ」に専念しなよ。だから治らないんだと言われた。病気になったら治療以外の時間を望んじゃいけないらしい。もう充分耐えたのに、我慢や努力が足らないだの精神論を言われた時の孤独感は計り知れない。
"病気"じゃなくたってそう。
引きこもり児童に対する無理解とか。

その他にも、人間関係を処理出来さえすれば苦しくもなんともない場面はけっこうあると思う。

マイノリティ論争のほとんどは同じことが言えるのじゃないか?
いや、病気で苦しむ。
病気辛い。
そういうこと 利用する人達、嫌ですね。
でも…病気でも …苦しむよ(弱気)タハッ。
逆もありまっせ
病気を期に好転など
うーん、申し訳ないけど、
うちは、そんなことにならなかったですよ。

むしろ、闘病をとおして、
すごく仲良くなったというか。
病気になったあとで、更に、絆が深まる場合もある。
健康な人とのギャップを家族ともなかなか埋められません。
でも、あきらめたわけではない。
信頼できると思ってた人がそうではなかったり。
逆に、そこまで頻繁に会っていなかったのに、とても良い距離感でお見舞いに来てくれた、意外な友人もいたり。
病気になって人付き合いの関係性は変わった気がする。
先人の言葉のひとつとして覚えておこう。
ぼくが子どものころ、ほしかった親になる。
幡野 広志
PHP研究所
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