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自己肯定感低いので、
自分がしてることなんて大したこと無いよと思いがちなのだけど

裏を返すと

「自分ができてることは他の人もできてるに違いない
→できてて当然
→何でこの人は俺ができることができないんだ」

っていう、一転して途轍もない錯誤に陥るので気を付けないといけない
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俺ができることは他の人もできるかもしれないし、
俺ができることでも他の人にはできないかもしれない、

逆に他の人が当たり前にできてることが
俺にはできないかもしれない。


例えば毎朝顔を洗うとか、キチンと歯を磨くのと同じように。
ともするとジャパニーズ文化は、自分を低めたり、
卑下することが美徳となるので基本的に自己評価が低い傾向があると思うのだけど、これと同時に
「常識的に~」「普通そうでしょ」的な同調圧力が合わさると

俺ができることは皆できる=出来ないやつはサボって怠けてる→許さん!に早変わりするからね
引用元
これ、よくやっちゃうやつだ。

自分は別に有能ではなく
周囲の方がいろいろすごいって前提で生きてるから、
自分ができる=他人も当然できるって考えてる系。

なのですごいって言われたり褒められたりするとむしろ戸惑うし、前提知識・認識がズレすぎていてお互い盛大に困惑することが多々ある…
自己肯定感の低さは鋭いナイフと同じ危険性があります
自分に刺した刃が貫通して後ろにいた誰かにぶっ刺さるやつやな……
これめちゃくちゃわかる
自分を無能だと思ってる有能な人って他人にめちゃ厳しい場合があって、原因は完全にこれだと自分でも考えてた。
これは確かにあるな。社会のド底辺に属するゴミ屑の自分に出来ないことは一杯あるけど、そんな自分でも出来ることが出来ないような人間などいないだろうと思ってしまう。
これ自己肯定感低い人ほんとによく言う。
「えっ基準高すぎない?そこ人それぞれ得意不得意ない?ていうか出来なくてもべつによくない??」となる。

自分にとても厳しくて、そんなことないよ、というフォローがまったく届かない。
めっっっちゃくちゃ身に覚えが_:(´ཀ`」 ∠):
「私程度が出来るんだから、周りも出来るはず!」って思考で動いて、一緒にしないでくれって怒られたことあるんだけど……これって自己肯定感低いからか……
いやほんと、同感です。
小生、中高とそれなりになの知れた進学校に行ってしまったもので、割と底辺気味だったんですよ。
そうすると小学校の時にいきがってた反動で余計に「自分ごとき」となってしまい、
「驕り」と「謙虚」の振り幅がよく分からなくなったまま大人になってしまって、辛い…
自分のスペックがピーキーすぎるのでこの手の勘違いはあまりないけど、「自分のできること」と「普通は出来ること」の重なる部分が少ないので、日々、普通は出来るけど自分はできない 部分に怯えてたりする
そうかあ、日本の他人に厳しめな文化というのはこういう面もあるんだなあ。
自己肯定感が低いので
「私のできることができない人は、できなくとも存在を許されている人」
だから
「自分はもっと努力しなければ、存在場所が失せてしまう」
って思う。
いろんな場所で、サボる人に対して同じ思考を向けていたなぁ。←家出後、だいぶ改善されたけど(親の教育のたまものだった)
分かる。
ホントこれ。
仕事では出来ない事に怒る事はなかったけど、何でみんな自分に出来る事が出来ないんだろう?もしかして、試されてるのか?とかおだてときゃいいかとか思われてるのか?とかどんどん疑心暗鬼になる。
これすごくわかる
ずっと下っ端でいたので自分が最低ラインだと思ってた
そりゃ話にならないわけだ
言いがちだったんだよね…
「うちができることだもん(やろうと思えば)誰でもできる」って…

でもよく考えたら私何だかんだ趣味やら部活やら仕事やら20年は手芸、裁縫で針と糸いじってんだよ…
日常過ぎて忘れてたけど
20年分の失敗と経験を誰でもとか言っちゃあかんよな…って最近は気を付けてる…
的を得過ぎていて即死だった……自分含む自己肯定感低い民のカバードアグレッション率異常だもんね……自分のためにも人のためにも本当に安定したい……不惑でありたい……
これは割とよくあるので注意せんとなと思ってはいる
自己肯定力~そんなことで私の価値は変わらない~
鴨頭嘉人
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