障害関係でよく聞く言葉で「あなたが明日事故にあって、病気になって障害者になったらどうしますか」みたいなのあるんですけど、個人的にはこれちょっと違うなと思っていて
「明日、今日と全く同じあなたなのに、社会の仕組みの方が変わって、理不尽な状況になったらどうしますか」
だと思ってる。
「明日、今日と全く同じあなたなのに、社会の仕組みの方が変わって、理不尽な状況になったらどうしますか」
だと思ってる。
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引用元
私もあなたも社会の中で生きてて、社会の仕組みでどういうポジションに置かれるかある程度決まっているのだから、それなら万人がどういうポジションであっても生きやすい社会を作っていった方が自分も安心だよね。
— 耳たぶ吸ってたも〜れ (@shishmaref) August 31, 2019
これはほんとその通りで、私は講演などでは例え話として
「今この瞬間にこの部屋の中にいる人以外の世界中が自由に空を飛べるようになったら
ここにいるみなさんは今この瞬間から飛行障害の最重度身体障害者ということになりますね」
と話してます
障害って結局そういうことなのだと思います
「今この瞬間にこの部屋の中にいる人以外の世界中が自由に空を飛べるようになったら
ここにいるみなさんは今この瞬間から飛行障害の最重度身体障害者ということになりますね」
と話してます
障害って結局そういうことなのだと思います
その後こう聞きます
空を飛べないみなさんに周囲の人から
「障害者なんだから人一倍努力しなさい。全く努力が足りない」
「飛べないなんて人としておかしい」
「飛べない人に大事な仕事は任せられない」
と言われたらどう感じますでしょうか?
そもそも自分が障害者であると思えますでしょうか?
空を飛べないみなさんに周囲の人から
「障害者なんだから人一倍努力しなさい。全く努力が足りない」
「飛べないなんて人としておかしい」
「飛べない人に大事な仕事は任せられない」
と言われたらどう感じますでしょうか?
そもそも自分が障害者であると思えますでしょうか?
ここでお伝えしたいことは
その人自身が全く変わらなかったとしても、社会の側のあり方が変わることで「障害者」となることが理屈の上ではあり得るということです
そして逆も然り
障害者と位置付けられる人が少ない社会の在りようを考え、実現していくという発想はとても大切だと私は思っています
その人自身が全く変わらなかったとしても、社会の側のあり方が変わることで「障害者」となることが理屈の上ではあり得るということです
そして逆も然り
障害者と位置付けられる人が少ない社会の在りようを考え、実現していくという発想はとても大切だと私は思っています
今のままの世界なら、私達は重度の身体障害でも問題なく暮らせるから「障害はない」と思える。
社会が空を自由に飛べる人用に変わったら、きっと私達はサポートが必要になり「障害を抱える」。
社会が空を自由に飛べる人用に変わったら、きっと私達はサポートが必要になり「障害を抱える」。
手話合コンで私だけ聴者だったときに、盛り上がって周囲が日本手話に切り替わった時があって、「エッ…?エッ??」と全くわからない状態になったのを思い出しましました。そして「ワカンナイー」とまごまごしてたらちょっと面倒くさそうにされてしまったのことも…。
そういうことですね。
そういうことですね。
震災で電気もつかず真っ暗で瓦礫だらけの中を歩いて帰れたのは視覚障害者だけだったと言う話を神戸の震災の時に聞きました。
その方はほとんど被害がなかった所の方だったそうですが、電気がなく、公共交通機関が止まるだけで立場は変わりますね。
その方はほとんど被害がなかった所の方だったそうですが、電気がなく、公共交通機関が止まるだけで立場は変わりますね。
障害児・者の施設でコンサルしていると、仕事やコミュケーションが上手くできない職員を見て「あの人は発達障害ではないでしょうか?」と疑問を持ちかける人がいる。
答え方は様々だが、いつも思うのは、
人は自分の能力以上の仕事をこなすよう強制されると、たいていADHD的かASD的になるということだ。
答え方は様々だが、いつも思うのは、
人は自分の能力以上の仕事をこなすよう強制されると、たいていADHD的かASD的になるということだ。
あまり指摘されないことだが、精神・発達障害については理解と支援が拡がれば拡がるほど、それを求める人も間違いなく増えている。
精神・発達障害は社会的要因によって増えていく障害なのだ。
これは知的・身体障害ではあまり考えられないことだ。
精神・発達障害は社会的要因によって増えていく障害なのだ。
これは知的・身体障害ではあまり考えられないことだ。
私が適応障害になった日の話かしら🤗
(なぜかまだその仕事し始めて3ヶ月とかで慣れてないのに締め処理のやり方が変わる&全拠点集約を任されたもののやり方が全部違くて大混乱で先輩に電話かけるも全く伝わらずその日はミス連発、次の日から休む→退職まで休職し続けた)
(なぜかまだその仕事し始めて3ヶ月とかで慣れてないのに締め処理のやり方が変わる&全拠点集約を任されたもののやり方が全部違くて大混乱で先輩に電話かけるも全く伝わらずその日はミス連発、次の日から休む→退職まで休職し続けた)
そこが残念なとこで、人に言う時に後者の例えだとピンと来ず、前者だとピンとくるんですよ。
理不尽な状況に置かれるそのものが理解できてないので。
理不尽な状況に置かれるそのものが理解できてないので。
障害理解をしやすくするために例えとして話しても「それはちがうから」「そんなことありえないから」想像ができない。と言うんですよね。なかなか難しいです。そういうことなんだよとうまく伝えられたらいいのに
サバンナにぽつんと置かれたらほぼ間違いなく生き延びれないのが人間なんですよね。社会を構成することで進化して繁栄してきたわけで。多分江戸時代あたりでも私生き延びて無いと思うんですよ。昭和初期でも怪しい。色んな社会の仕組みが私を生き延びさせてくれてるんですけど、そこに無頓着ですよね。
盲導犬や介助犬も、点字の併記も、くっきりと文字の種類も判別しやすくデザインされたUDフォントも、大きな困難を抱える誰かには、ただの「便利な道具」ではなく、その人が充分に能力を発揮するための「不可欠な道具」なのですよね。
それを「当たり前に使える社会」でなくては、障害が障害のまま。
それを「当たり前に使える社会」でなくては、障害が障害のまま。
今の制度で一番怖いのは、障害者のはずなのに制度が変わって「障害者」として認められなくなり、でも実際は障害があって生活困難なままとなりかねないこと
かもしれません。
制度ががらりと変わり、心中を選んだ家族を思い出しました。
かもしれません。
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コメント一覧
コメント一覧 (66)
その中で生きていく方法を見つけないといけないんだ
言葉遊びで現実から目を逸らすな
事故にでもあわんと
あんな風にはならんわ
っていうことでしょ
多少齟齬があっても直接的な話じゃないと伝わらないよ
カワイイにとってどのよーなメリットがある。
ポメラニアンにどのよーなメリットがある(´・ω・`)
知ってもらったコトによるデメリットは何だ。
言え。
まさか、ノープランでつっ走ってるワケじゃあなかろーな。
多分発達じゃない人も合わない空間に居続けたらASDみたいになるよ
いくら理解が進んでも関係ないんだよ
サバンナだって同じだろう。
逆に当事者じゃなければ考えなくていいって話になるのでは
氏んでないだけいいじゃん。生きてるだけ感謝したら。
家の中でも難しくなると思うんだが
障害に限らず、いい会社に勤めててもある日突然リストラとかあるんだ
失業保険とかそのためにあるべ
これぞ現実、これぞ現場ってことなんだろうけど
ツイカスさんはさ
名前どうにかならんのか
くだらない名前だとそこ見ただけで内容見る気うせる(なので本文読んでない、、)
それと支援するのは別だよ?
自分の生活でいっぱいいっぱいなのに、無理な支援を求められて断ると、冷たいだの言われる。
健常者にだって余裕はない。
健常者というだけで支援を求められるのは、とても理不尽でとても辛い。
空を飛ぶ例え→周りが「もっとできる」で障害を捉える、周囲が今のお前と比べてプラスなら相対的にお前はマイナス(できること前提)
ってことなんだろうけど
いやキモいわ。言葉遊びにしか見えんわ。何より「事故の例え」なら現実に一つ想像を入れるだけなのに「空を飛ぶ例え」じゃ空想に空想を重ねる砂上の楼閣になっちゃっててクッソわかりにくいわ
ふつうに支援しろ
『障害』を作るのは個人じゃなくて社会なんだよな
上司やお得意様がカラスは白い!と言えば白いのと同じ
人間の個体単位での理不尽な目については実は結構ある事かもしんないし何時凄いのが来るかもわからんし
最近じゃ煽り運転を喰らった挙句に相手が吼えながら襲いかかってきたとか、
地震と大津波が来て目の前のモノが流されたのってまさにコレじゃね
自分も立場が違えば同じ目にあうかも〜という圧をかけたいのだと思うけどそれは自分へも同じことが言えるよね
コジキはこじき
事故を起こさない様にしましょうが正解で、制度、障害者の待遇などは関係ないだろう
その辺の話から目を背けるなと言いたい。
財布に手帳なんてしまうべきじゃなかった……
障害者を支える社会の仕組みを作るには健常者を含めた人々の同意が必要になる
でも、人は「健常者」などといった自分が実際に置かれている立場からしか考えられないから同意は難しい
そこでヴェールを被せて自分が「資産家」なのか「とても貧しい」のか「障害者」なのか分からない原初状態なら弱者にも優しい選択肢を選ぶはずと考える
ただ、実際には実験ですらこの状態を作り出すことは難しいから現実社会で実現するのはほぼ不可能だろうという気がする
障害者に関わる事で費やした時間への相応の対価が得られなければ、それは人生の浪費と見なすこともできる
つまり自分自身の生を1とした時、他人を手伝い0.5の手間を取られてなんの利益もないなら、それは人生において0.5の損失といえる
障害者は他人の人生の何パーセントかを自分の人生のために費やしてねと要求しているともいえる
ま、余裕があるなら手伝やいいがね