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「アクティブラーニング」が子供たちを二極化させている

上の子が通う公立小学校ではアクティブラーニングを取り入れてるんだけど、
率直な感想としてはこれ大失敗じゃねえの、って感じ。
少なくとも公立の、しかも小学校でやる事か?って気がした。

要はグループディスカッションを多く取り入れたり、課題にグループで取り組む、といった手法なんだけど→
アクティブラーニングとは

学習者である生徒が受動的となってしまう授業を行うのではなく、能動的に学ぶことができるような授業を行う学習方法です。

生徒が能動的に学ぶことによって「認知的、倫理的、社会的能力、教養、知識、経験を含めた汎用的能力の育成を図る」(2012年8月中央教育審議会答申)内容だとされています。

具体的には教師による一方的な指導ではなく、生徒による体験学習や教室内でのグループ・ディスカッション、ディベート、グループ・ワークを中心とするような授業のことを指します。

引用元はこちら
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授業参観で毎回見てる度に思うのは
「ただただ声のでかい、元から積極的な子がさらに活発になるだけ」
という現実。

一つの問題に自分でじっくり考えて自分なりに言語化していくという事が出来ない。
なぜなら同じグループの声のでかい子が全部やっちゃうから。→
その上、そこまで積極的じゃない子をフォローできる余裕が先生に無い。
10分とかの限られた時間で6つくらいあるグループをそれぞれ見ながらちょっとアドバイスするのが精一杯。
そんな状況で少し大人しい子どもたちはどうなるか?ディスカッションの時間の間ただただ時が過ぎるのを待つだけ。→
それでもグループでの成果発表ではそれなりのものが出てくる。
グループに一人は率先するタイプの子が入ってるから。
その先には「自分がやらなくても別に困らない」っていう最悪の教育の結果が待っている。
そして二極化する子どもの学力。
何だこれ。小学校低学年からやるべき事なのか?
引用元
アクティブ(な子が1〜2人いる)ラーニングになっているんですね。
読書感想文と同じ構造を感じますね。
課題だけ出して、方法論を教えないからみんなわからないまま形だけのグループワークをなんとなく終わらせてしまう。
うちの子が通ってる小学校もまさに同じです。本物のアクティブになる為の基礎体力的な教養がまだ身についてないのにやらせるのは時期尚早と私も思います。この時期は、地味な筋トレと同じなのにね。
その通り。
アクティブラーニングを効果的に扱うには、割と厳しい条件である「思考レベルが近しい」「授業意欲がほぼ同じ」という条件を満たしてないといけない。
で、異学力構成の公立学校がこの条件を満たせるわけがないんです。
しかし、先生方はそれに気付いていない。
私自身学生の時教師側にそれをやられ、さらに教育学部でそれを習いました。
私達の世代はちょうど学習指導要領の過渡期だったので、
それまで「黙って座ってろ」「静かに問題を解け」だったのが、いきなり「あなたの意見は!?」という異常なオシで来られて、結果ほぼ全員が固まるという事態でした。
「意見がある人」→シーーーーーーーーン
「話し合ってみよう」→関係ない雑談グチャベチャ
「では発表してください」→シーーーーーーーーン
「当てますよ〜」→(舌打ち)(小声の不平不満)
「〇〇さんどう思いますか?」→「………………××…?(低レベルな誰でも言える意見)」

これの繰り返し。
本当に勉強したい子は内職。
私のような本来話し合いや自分の意見を発することが得意な子は、意見はあるけどそんな葬式みたいな雰囲気じゃとても言い出せない。アウトプットする機会も与えられない。
そしてそれ以外の場ではアクティブであることは抑圧され、その矛盾にどんどんストレスが溜まる。
そして教育学部でも、同じような講義がなされる。
同じ流れでたまたま私は当てられて、上記のことを言うと、「教授の求めていなかった意見」だったので、とても微妙な雰囲気に。

「まあ、まだまだ現場での運用は難しいですけどねっ」

お前らやる気ねえだろ。一生変わらないんだなって思いました。
アクティブラーニングやれと言われるけど、授業時間が倍ないと無理。大学ならそれって元々演習でやってたんじゃないのかと言う気がする。

アクティブラーニングは「ディスカッション」ではない

アクティブラーニングに限らず、「集団で何かの課題に取り組む」時には、こうなる傾向があるんですよね・・・。
グループワークとかホント大嫌いだったなぁ

仲間がいないし、積極的に話せば後でバカにされる気がして、結局会話に殆ど加わらなかった。

こういうのの何が必要なのか正直分からない。
それはアクティブラーニングではないと悪い例として教育学部では紹介されていましたね
これはそもそもアクティブラーニングじゃない。

この実践はディスカッションというただの手段を目的として据えてしまっている。

活動をアクティブにするのではなく「思考をアクティブにする」こと

保護者の方がそう見えるのであれば、残念ながら先生は失敗されてます。
間違ってる先生沢山いますが、

アクティブラーニングはアクティブな活動ではなく、頭の中がアクティブになる必要があります。

なので、静かに本を読んでいても、それが様々なことと繋がり新たな学びを生めば、立派なALです。
個人で一生懸命課題に取り組んで、脳が活発に動いていればアクティブラーニングなんですよ。活動をアクティブにするのではなく、思考をアクティブにしないと活動あって成果なしになっちゃう。
もちろん、グループディスカッションで、メンバーみんながアクティブに思考するような授業もあります。
難しいですね、アクティブ・ラーニング。
これは手法ではなく概念なので、単にグループ活動を指すものではないのです。

参観だけでは見取れません。

基本は「知識を学ぶ→それを使う、やってみる→振り返る」という流れです。単元ひとつ丸々見て、子どもの頭がアクティブかどうかが大切なのです………。
shizuki1203 難しいですね。少なくとも1年以上アクティブラーニング授業を実践されたうちの子に、学びに対する姿勢の変化を感じ取れることはなく、授業ではいつも手も挙げず意見を言う事も無い現実だけが今私たち親子を苦しめています。
授業でカバーされない部分が丸々自宅学習として負担となっています。
返信ありがとうございます。
お子さんの学年や発達段階にもよりますが、そもそもアクティブとは挙手発言だけで見取られるものではないはずなのです。今後は書くこともかなり重視されます。
小学校高学年ともなると、元気に発表はもうしないけど、論理的文章で意見を伝えるということが求められたり……
頭がアクティブ=思考力。発表以外にもノートや作文、作品などから思考力を読み取るパフォーマンス評価が重きをおかれますから、どうかお子さんが発表だけで心苦しくないようになると良いですね……。
ましてや、それを自宅学習に丸投げされるのは辛い……。 長々と失礼いたしました。
shizuki1203 優しいお言葉をかけていただきありがとうございます。
できる子任せになってしまっているようで、考えて表現する訓練が足りず、その部分を自宅でなんとかカバーしようとしているところです。
こちらこそありがとうございました。
厳しいけど現場は改善努力が必要でしょう。
この取り組みを模索していく行為そのものがアクティブ・ラーニングの目指す姿。

アクティブ・ラーニングでは「学びに向かう力」を育てるもので、それはつまり疑問に対して"なぜ?"と追求し、正解のない答えを自ら考え、周りと協力しながら解決する力のこと。

現場の教員は困っている

国が次々と新しい教育法をつるべ落としに現場に投げ落とす昨今、現場が大混乱している様子がよくわかりますね。
必死で授業を立て直そうとして先生方はブラック企業並の残業をこなしています。
先生方と生徒をこんなところに追い込んだのは、一体誰なんでしょうね。
大体の先生は自分自身がアクティブラーニングなんて経験してないから、今度は自分が教壇に立ってやってみろと言われても難しいよね。
それに特に公立の学校は、圧倒的に時間が足りなすぎると思う。先生に物理的にも精神的にも余裕がないと土台ムリゲーなのでは。
本当にこれで、アクティブラーニングは素人やバイトはもちろん教師にもできる人は少ないので気軽に導入するやつではない
この手法私が小学生の頃の20年位前に新く出来てやってたけど、そこから何も進歩してないのね...。というか日本のアクティブラーニングは名前だけが先行してその指導法を教員が深く理解せずとりあえずグループワークやってりゃいいみたいな所があるからなぁ(上手くやってる所も勿論あるんだろうけど)
少し前まで大学の教職課程でアクティブラーニングついて学んでくましたが、
教師や学校よりも更に更に上に存在するアクティブラーニング推奨組織自身が、アクティブラーニングについてあまりイメージできておらず、その皺寄せが現場教員を襲っている、という印象を受けました
先生たちも手探りなのでしょうねー、まずは1クラスの人数減らさないと、アクティブラーニングは無理だと思う
これこそ、文部科学省に届けるべき意見だと思います。