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聴覚障害の大学生が作った”制度”とは

れいわの件でずるい、ずるいって言う人に聞きたい。

「全く音が聞こえない人間が大学入学して、講義をどのように、受けて単位を取って卒業していくのか」

これにどう答えるのか。
聞こえない奴が大学進学するなよ、は人権侵害だし社会進出を阻害している。
さて、どうする。
「ずるい」「〜だからするな」は感情論かつ、発展性がない。
わたしはその「全く聞こえないひとで、受け入れ経験がなかったとある知名度高い大学でしっかり全単位取って卒業した」学生です。

わたしは何をしたでしょう?
端的にいえばわたしは「制度」をつくりました。

全ての学生さんの困りごとなどを相談する「学生支援室」「相談センター」は大学ごとにあるかと思います。

そちらに合格後、高校卒業直後に何度も赴き、検討と実例を重ねてつくりました。
つくった制度は「ノートテイク制度」です。
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「情報保障」という言葉がある

どんな人間でも「教育機会の均等」が憲法で定められており、わたしはどうしても師事したい中古古典文学教授がいてその大学を選びました。

聴覚障害受け入れ経歴の長い、聴覚障害関連では有名な大学にも受かっていましたがやりたいことが決まっていたので、支障なく勉学できる様働きかけはじめました。
情報保障、という言葉があります。
異言語社会、耳が聞こえないなどの要因で、社会的、物理的な情報摂取弱者である人々が、その値千金にも勝る情報を得るためのサポート、保障のことです。
情報保障、という言葉は幸い先方、大学側も知っていました。そこでできることはなにか。継続可能なものとはを話し合いを重ねました。
こうした動きはまず「当事者」がいなくてははじまりません。
どうしたら良いかが不明瞭であり、当事者を目にしたことがない人々が圧倒的であるからです。
まず圧倒的な負担を生じるのはこちら側、障害学生であることを確認しました。
「なにもしなければ」。
寝こけず、真剣に板書や先生を見ていても、周りの検討も聞こえず、ノートも取れず90分を過ごす事は間違いないと互いに確認しました。
そして、これから障害ある学生さんが入る可能性は大いにある。
寝ていても、なんとか単位を取れてしまう学生さんをみるにつけ、「憎らしい」気持ちが湧き上がってきたこともあります。
そこで、「ノートテイカー」という情報保障要員をアルバイターとして大学が募集することにしました。

「ノートテイカー」とは

「ノートテイク」とは紙やノートなどにサインペン、あるいはPCで先生の話を文字通り文字通訳します。
それを見て学生はノートを取ります。

これは基本的に従事するのはアルバイターとして雇用された学生さん。
時々シフトが合わない時はセンターの方。
基本的に2人組、対象学生の隣に座り交代制で実施。
そのアルバイトは90分1200〜1800くらい〈実習制、実験、フィールドワークなどで難易度が変容するため〉という高価格のアルバイトです。
なぜこの価格か、なぜ大学が負担するのか。それは卒業要件に大きな関わりを持つ、単位、がかかっており1人の人生がかかっているためです。
幸いわたしの属する大学は障害ある学生さんについて一定の理解があり、か「きちんとした教育を施すことは大学の責務である」という考えが前提と話されました。

その大学は過去に国の先進大学モデルに指定されており、教育振興に助成金がありケースとして成立する、という考えのもと動きました。
わたしはその事を調べ上げた上で提案した形になります。

ただ、他の知人がいる大学では全くの非協力的であり友人を必死につくりボランティアをお願いしたり、親御さんと一緒に講義を受ける形になってしまったケースもあります。

他大学同士ノートテイカー組織をつくり、派遣し合う取り組みもあり。
アルバイターとしては書庫整理や簡単な学生事務などのスタッフを募集していた例があり、テイカー育成のためにどうすればいいかを話し合いを重ねました。

教授の話をビデオに撮り、聞き取りテイク練習する、多用する人名、用語などは略語を作るなどの負担を軽減するなど試行錯誤を重ねました。
もちろんその練習にも時給として払われる形にとりつけ、犠牲にする時間を尊重する形に始めました。
幸い4年いろんな先生の癖やテイカーさんも初めは初心者、わからないことや不適正などもありましたが育成も可能になり、ノウハウができた形になります。

これも「当事者」が在学してきたから。
「ノートテイカー」の素晴らしいところはたくさんあり、ただ負の面もあります。
ノートテイカーが常に隣席にいて、友人を作りづらい所です。

サークルなどにも所属しましたが、やはり聞こえないので話しかけ方がわからない。また、ゼミ内でのトラブルの挫折に苦しみ、半年休学したこともありました。
不正行為も発覚して制度の崩壊寸前になったこともあります。テイクしたもの、データをとあるテイカーが「廃棄する」と手元に引き取り卒業が危うい先輩に転売しまくる事件が起こりました。
私は怒り狂いましたが、防止のためアルバイター契約書をより細かく交わすこと、参加する講義の教員にも周知
その不正行為を行なったものの単位は取り消しにする、ノートテイクの紙やデータは紛失や転売などの不正防止と周囲の学生との情報保障格差を防ぐためわたしが見直しができないよう即時廃棄、など細かい話し合いを重ねて、担当者が変わっても運用が可能なシステムにしました。
私が卒業後「聴覚障害学生」がいない場合も想定して、いつでも見直しと制度復帰できるよう大学側と私で制度の内容を分け持ち、卒業しました。

幸いすぐ聴覚障害のある学生が後に続いたようなので存続しました。

大学に行って講義を聞いてノートにとる、単位を取るというステップを踏む為に

「当事者」が介在することの意味

障害ある人間は細かいステップを自分で用意、あるいは周囲に根気強い理解の説得と考案をし続けなければいけません。
その生きる為、生活を発展するための苦労、は障害のない人間は払う必要がありません。
これはれっきとした社会的な不利であり「損害」でもあります。
当事者がいなければ。
障害のある人がきちんと自立をしたい、親に心配をかけず自立して自分を食わせたい、と思うならば、就学、就労は避けて通れません。
当事者、理解者、その齟齬を融解するための歯車となる制度、変容。
払うものはとても大きいけれど、障害あるひとも、ないひとも心配しなくてもよい一助になります。
私は卒業後、またこれも障害の雇用経験はあるけれども
とても重い聴覚障害のある人間を同じ職場に招いたことのない、会社に就職し、会議などでも「ノートテイク」を社員同士でやっています。
これは議事録や公式記録転用できるよう持ちかけたため、マイナスが少なく、誠実性、臨場感を高めるブラスにも。
常に新たな変革が起こるときはそこに当事者がいて、変わらなければいけない時がある。
さらに言えば今回は国民の代表として務めるのです。
大学はやめられるけれども議員などの特殊な職業はその限りではありません。
その給与はそれぞれ平等に支払われます。

けれど多くのステップを可視化したとき、
その費用はその当事者が負うべきか、といえばそうではない、と考えます。

障害者の権利条約に「障害のある人の、仕事への権利を認め、あらゆる形態の雇用にかかる全ての事項に関して障害を理由とする差別を禁止する」とあります。

障害のない人の就労に対するプロセスの自由、は「既存のもの」です。
「就労する」「就学する」、
「食っていく」そして「生きる」。

ただ、その行為のために多くの課題が可視化され考えるステップが見えるのが、障害のある人間と出会うこと、でもあります。

われわれがなんでもなく吸うように得ていたものはなんであったのか。
こうしたことが立法府において、一定の民衆の支持を得て起きつつある現象はごく自然なことであり、変容をわたしは慶びます。

もう一度言います。
「ずるい」というのは、とても簡単であり強い感情です。
けれど進化はしません。
最後に、大学において、そして今の職場に置いて、多くの理解、尽力いただいた方々に深く感謝申し上げます。

現状、わたしはこのように意見を書けるくらいは食っていけて生きて、考えながら過ごしています。

反応・感想

音が聞こえない方が隣の研究室にいらっしゃるけど、授業のときはいつも学生のノートテイカーさんがいる
当たり前だと思ってたけど、この制度を作り上げるってすごいことだったんだな……
かつて私の通っていた大学でも「ノートテイカー」の募集を見ました
そして私も在学中に片耳を悪くしており、もしかしたらお世話になっていたかもしれない ぜんぜん人ごとではないのです
こういう方の努力の元で、現在私の居た大学でも視聴覚に障害がある学生も入学してそうでない人と同様に学士・修士(博士はなかなか出ない)を取得することが出来る。

「ノートテイカー」や学内の移動介助が学生や院生のアルバイトとして定着している。
それが機会均等ということ。
私は幸い支援室がある大学に進学できて、福祉系の大学だったし、聴覚障害のある先輩もいたから、理解のある人が周りにいて...ってとても恵まれた状況だったなと過去を思い出す
一から制度をつくる、「特例」になるって簡単なことじゃない…
立派だけど論点がちょっと違う
本件は障害者が各種支援を受けることがずるいとかそういう幼稚な議論ではなく経済的な負担能力がある人は負担能力に応じた負担をせよという議論かと。
これ、結論を読んでずっこけた。
れいわの件で、「ずるい」と言われてるのは、「制度を作らないで(変えないで)個別に対応させようとした」部分なんだよな。
国会議員は給料貰えるけど大学生は貰えないという違いがあるので論点ずらしですね
zuboralma つまり同じ学費を払っているのに障碍から不利益が生じること、と同じ給料を貰っているのに障碍から実質的に不平等が生じることに差があると。

払ってる分には文句をつける権利はあるが貰ってる方は黙って介護費くらい払ってろ、と。
そこじゃないんだよなぁ多分。

その視点じゃないんだよな。
社会福祉における所得制限の話なので所得のない障害者への支援を先にすべきという話です。
制度の変更がメインの話であるべきです。
安易に特例を認めるべきではありません。
問題提起という点では評価しています。
誰も疑問に思わなかった(と、言うより考えない様にしていた)事を、れいわは提示した。
それだけで価値が有ることなんですよね。

山本太郎氏は、自らが落選する前提であの二人を国会に送りこんだ訳ですから、とても価値が高い仕事をしたと思います。
ここから続く一連のツイートすごく勉強になる

現存する制度の中で、行動が制限されてしまう人が声を上げた時に、それを「制度設計の穴が可視化された」ととるか「単なるノイズ」ととるか。

後者側の人間は社会の声を代表するような顔をしていながら、その実社会に無関心だ。
これ読んでめっちゃ考え方が変わったわ。

一方で、ちゃんと立法業務が行えるかも見ていきたい。
引用元
当事者研究の研究 (シリーズ ケアをひらく)
綾屋紗月 河野哲也 向谷地生良 Necco当事者研究会 石原孝二 池田喬 熊谷晋一郎
医学書院
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aa ノートテイカー制度、ADHDの学生も使えたりするので、学務に交渉してみてください