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日本人はよく

「自己肯定感を高めましょう」とか言われてるけど、

「他人の自己肯定感を笑うな」が先だと思う。

みんな他人に笑われたく無いから、卑屈、謙遜を装ってるように見える。
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英語の授業で、ちょっといい発音すると笑われるやつだ…
自分は座したまま、立って進もうとするものを妬み、不運にも転んだものを嘲笑う、て手合いが多いよね…
「意識高い」とかいう言葉も主に他を否定するのに用いられ、それは「調子にのるな、もっと周りよよく見て足並み揃えて謙虚になれ」っていう戒める為の言葉でもありますものね
最近、よく耳にする

『〜〜させていただく…🙇‍♀️』

のくだりも、自己卑下の極みのようで
若干イライラしますwww

『〜〜します』って、なぜ言えない!?
ほんとこれ私が今まで何回も伝えてきたことです。

今の自分に許しを与えることを社会が禁止しておいて、今更、自己肯定感持ちましょうと幸福フォーマットだけ持ち込んでも実際かなり難しい。

「自信がない私でいなければ、きっと社会に認めて受け入れて貰えない」って呪縛から逃れて欲しい。
自己肯定する際に他者否定を入れる人が多い気もする
本当にこれ。
私は自分が(私の)世界で一番可愛いし世界で一番好きだと思ってるし、それを普通に言うけど、「本気で自分のこと可愛いと思ってる?」「クラスで何番目だと思う?」ってばかじゃねえのかって思ってるよ。世界で一番だって言ってんだろ。
確かに。「ブスのくせに自撮り」とか、すぐバカにしたり叩いたりする人…容姿に自信がなくて虐められたり抑圧されてきた人に多い気が。自分が許されなかった自己肯定感を、他人が同じような見た目のスペックなのに手にしているのが我慢ならないのかな…と推察
「他人の嘲笑なんて気にするな」が最初にくるべきだと思う
自分が変わればいいだけだし
このツイートへのコメントを見ると日本人がいかに「自己肯定感」を理解していないかがよくわかる。

自己肯定感は自己主張ではない。自分を肯定するのに言葉も評価もいらない。
ただ「自分はOKだ」と思う、それだけ。


自己肯定感が高くなれば、人に寛容になれる。人を笑うのは自己肯定感が低いから。
自己肯定感って、他人がどう言おうが自分が自分を承認すれば良いということであって、そうやって他人の判断に依存してるのは単に他者承認求めてるだけだよ
結局他人の自己肯定感を肯定してる人は自分の自己肯定感も高いですもんね
でも他人を下げて自分を上げてる人もいる…
すげー困ったことに、「他人を嘲笑することで、自分の自己肯定感の低さをちょっとでも埋め合わせる」ことを無意識のうちに求めて行動する人って日本人に多くて、それが相手の自己肯定感を下げて… みたいな負のスパイラルがあるんだよな
「他人の自己肯定感を笑うな」が先、に激烈納得。

真逆で、他人を笑うことで自分の優越感(『アレよりはマシ」)を得て安心したがる人が少なくない数いるのが、残念ながら今のこの国。

自己肯定感って相対評価じゃないから(もっと言うと「評価」という概念からして違うもの)。
自己肯定感というより自己顕示欲が笑われてる印象かな

ちなみに自己肯定感って「俺ってすごい❗」が自己肯定感ではなく「何も無い無能であっても自分を認める」のが自己肯定感
自己肯定感は「自分を凄い/偉い人間だと思う」事と誤解されがちだけど、それは“自己評価”に近い概念なんだよな。自己肯定感はざっくり言えば、評価の元となる自他の“基準”とは無関係に「自分は大丈夫!」と確信出来ることで、謂わば「評価によって揺らいだりしない自分の軸」が自己肯定感だというな。
他人の痛々しさやイキりを馬鹿にし過ぎるのは人生に良くなくて、
他人を嘲笑すればするほど「自分の本気」のハードルが上がってしまうんだよな。
それを続けると、自分が嘲笑される事への恐怖のあまり、
「自分が本気を出さない理由付け」だけが上手くなり、
しまいには自分の人生をイキれなくなるというな
わかる。

自分の自己肯定感をあげることも大事だけど、他人が自己肯定感をあげようとしてるのを蔑んだり、他者の自己肯定感が自分と違って違和感があるから否定したりするのは気持ちよくないよね。

わたしは誰に言われようが生きてるだけで偉いし、今日はエアコンの掃除してスーパーできる女だ。
引用元
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aa 「自分は相手の位置を把握しているが、相手には把握されていない」という状態を作ると、お手軽に優越感を得ることができるからな