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東大ロケットプロジェクトの脳性まひの高校生のスピーチが忘れられない。

『僕は明らかに障害者と分かるから皆が親切にしてくれるけど、
出来ることまで出来ないと思われてしまう。
○○君(発達障害の高校生)は、障害があって出来ないことを分かってもらえない。
どちらも辛い思いをしているのは同じ』
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「理解する」って本当に難しいことですね。
自分がされて嬉しいこと、自分がされたら嫌なことではなく、その人その人が必要としてることをきちんと理解するにはどうすればいいんだろう。
支援も行きすぎてしまったら自立や主体的に取り組みたいことを阻害してしまいますよね。
本人が、何を助けて欲しくて、何を一人でやりたいか、その意向に寄り添うことを周囲は心がけたいですね。
素晴らしい言葉…そのスピーチはどこで行われたのですか?
文字として残っているのであれば、ぜひ拝読したいのですが…
このプロジェクトの サマーキャンプの報告会です。数年前のことなので、記録に残っているか分かりません。
Rocket |
考えさせられるおはなしです。
難しいよな。

どこまで手助けしたらいいのか、
手助けの程度によって"同情" に見えてしまわないか、
個人的にはすごく手助けしたくても本人は望んでないんじゃないか、
傷ついたりしないか、
いや本当は望んでいるのか、


というかやっぱり助けてあげたほうがよくない?で結局何も出来なくて終わったりする。
障害をお持ちの方が鑑定にお越しの際、必要以上には手伝わないようにしています。

それに異を唱える攻撃リプライが昨年の2〜3月頃に多かったけれど、相手が介助や手伝いを要請されたらする、そうでなければしない、その見分けができない親切の押し売りは単なるありがた迷惑です🙏
これは子育てや教育者にも。
我が子ができることをわからずやらせないのをみることがあり...年齢や大きさではなくやらせてみてほしい。
見えない障害から見える障害になった自分は、蹴られたりしないだけで有難いと思うし、親切にしてもらえるとすごく嬉しいが、辛い思いをしなくてすんでいるのは、母ができるところはやらせてくれるからだなと思った。
どちらも悩みは尽きないよね…

結局、一番ダメなのは

“人にはそれぞれ悩みや立場や苦悩がある”という事に
『考えを巡らす』事をしない人達だと思う


ちょっと想像すればわかる事なのに
思考停止した能天気達は
平気で誰かを傷つける
自分ができることが、みんなが当たり前に出来ることではないかもしれないね。
自分の得意をたくさんやって、代わりにもやって、自分の不得意はフォローするってやり方だと、いろいろうまく行くような気がする
引用元