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長男殺害の事務次官「誰にも相談しなかった」

>練馬区役所によりますと、これまでに長男についての相談はなかったということです。

行政のトップにいた人が、自身の家庭問題を行政に相談しなかった・できなかった、って事実。
かなり深刻な意味合いを含んでいるように思います。


支援における「相談しにくさ」の障壁

役所によく貼ってある、自殺防止啓発や、うつの早期発見啓発や、DVの早期発見啓発のポスター・配架物。

無意味とは言いませんが、こうした情報や窓口を必要とする人達に、果たしてどれだけ届いているか。どれだけ広く門戸が開かれているかどうか。

見直す必要があるように思えます。
エリート官僚だったからこそ、
「身内の恥は晒せない」
「本来こういう家庭トラブルはあってはならない」という意識が強く、役所の窓口に足を運ぶ抵抗感もあったことでしょう。

だからこそ、そういう「相談しにくさ」の解消に向けた取り組みが、大切だと思います。
行政のトップにいた人が行政を信用できなかったのは深い…
役人って上から下まで自分が行政の福祉に頼るのは死ぬほど嫌がるからな(介護除く
世間体を気にしたのもあったんでしょうが……なんともむごい結末でしたね。
これは、プライドが高い故の身内の恥を隠してきた結果で、相談門戸の開きとは別の問題が大きいと思う。
周りの同僚の息子達は東大なんぞ当たり前、MITやハーバードでもおかしくない層なのにかたや腐れニートのひきこもりとか死んでも相談できんやろ
高級官僚ほど体面を気にするので、身内の恥を外に(特に同じ行政職ならなおさら)は出さない。
 それは大きいでしょうね。
トップの官僚だったから、プライドも高かったことでしょう。

だからこそ、そういう「相談しにくさ」の解消に向けた取り組みが、大切だと思います。
本当に、行政のトップにいる人だからこそできたことがあったと思います。
そういう家庭の苦しみを理解し支援の制度を作ることができたかもしれないのに。

本人のプライド、弱みを見せられない組織、
他の組織に意見をや経験を寄せられない縦割り組織…
どうしたらいいんでしょうね。
いや、私は世間体を気にしたのではなく、彼なりの責任感であったと思う。
彼なりの人生を通した意味での始末のつけ方だったのだ。
他の選択肢もあったが、あえてそのソリューションを選んだ。
ここで全てを終わりにしたかったのだ。
こちらのツィートに対して、引用で「勤め上げた男のプライドと父親としての責任感」とコメントされてた人が
いましたが、加害者である父親を擁護・称揚するような論調は、一切支持できません。

相手がどんなロクでなしのドラ息子であろうと、やったことは単なる殺人です。
本当に「父親としての責任感」を感じていたのなら、やるべきことは一つ。

くだらない「男のプライド」など捨て去って、
専門の機関・窓口に相談に行き、息子の社会復帰を支援すること。


それだけでしょう。
しかし、この父親が息子にしたことは、オンラインゲームで遊ぶ金を大量に与える一方で、世間からは息子の存在をひた隠しにするという、およそ社会復帰の支援とは程遠いものでした。

父親も追い詰められていたとは思う。

それでも、その行動を正当化するようなことは、断じて許されないのですよ。

男性の「セルフネグレクト」が深刻

最近、セルフネグレクトの怖さを見に染みている。

特に男性において
「窮状を訴えること」
「支援を求めること」
を男性のプライドを傷付けることとして認知されてしまうことの怖さは計り知れないと感じている。

故に「引きこもり(と表現される事態)」もアルコール依存、仕事依存も同根ではないか、と。
まさにそう。
こここそ「男性性からの解放」が真に必要とされるところ
よく「男性のほうが自殺率が高いから、男性のほうが生きにくい。女は甘えている」という持論を持っている人がいるけれど、
これは男性に「援助希求性が低い傾向」がある結果なのだと本で読んだ。
(自殺は私にとって身近な問題です)

それを「女は甘えてる」って言っても仕方なくて、男性も学んでいく
必要がある、と考えていきたい。
自然な形で「もっと楽になりましょう」というメッセージを出すことができればいいですね。
へんなものをプライドとよびはじめたのはだれなんだろう。

ただのヘンなものにしか過ぎないのにね。
一人前に給料もらって結婚して子どもを作る、って社会の都合のいい大人像をいつの間にか刷り込まれているのよね。

だから引きこもってしまうと「世の中の何の役にも立っていない自分が助けを求めていいのか」なんて考えが浮かんでしまう。

打破できれば意外とすぐ社会復帰できたけども。
「支援を求めることが男性のプライドを傷つける」という捉え方自体、ジェンダーバイアスに満ちている。

男性はプライドが傷つくのが嫌で支援を求められないんじゃなくて、支援の求め方を知らないんだよ。
自分はそういう人たちは窮状を訴えたり支援を求めるための歩みだしや言葉を純粋に知らずに過ごし、気づいたときには気力が目減りして、知ろうという意欲すらゼロ以下になってもうどうしようもなくなっているっていうのもあるのではないかと感じました。
「専門家に助けを求める」ということができない、
そもそもそんなオプションを認識すらしていない人がたくさんいる。
苦しいのになぜかカウンセリングへ行かない人をたくさん見てきた。
自分が苦しいことすら認識できない人もいる。
こういう問題って「助けて」って言ったところで、医者も支援機関の人もどうやって助けていいかは知らなかったりする。

「何がその人の助けになるかわからないから」。

だから「助けて」ってだけ言っても誰も助けてくれない。
自分でやるしかないんだよなぁ。
とてもよくわかります。

中高年男性として言えることは、

「助けを求め用にも、何に困っているかわかる人が周囲にいない」と考えている

ということです。

例えば

「仕事がハードでもう耐えられない」と誰かに言ったところで、替わってくれる人がいない、だから言ってもしょうがない…

という感じです。
自己肯定感がマリアナ海峡で滅私奉公プライドがチョモランマだった私
「鬱じゃない」と周りからも洗脳され自分もそう思ってたら

疎遠になってたけど事情聞くなり
・メンクリに強制的にぶち込んでくれた友人
・働けませんよ貴方
といった医者はすごかった

強制支援も必要だわ

国を挙げて必要
aa 誰かに助けを求めること、実際は「弱者による受動」ではなく「強者による能動」なので、現代ではヤバい時には助けを求めるのが"漢らしい"行為であり、それは何度も練習して身につける「技術」でもある

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