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霊長類学者・ダンパー『コミュニケーションは”毛づくろい”』

コミュ障や陰キャは歓送迎会とか飲み会とか嫌がりがちだけれど、

「空気を読む」「愛想や愛嬌を出す」みたいな策って、
特に優れた能力やコミュ力を持たない人間が集団の中で自分の身を守る最後の砦なんだよな。

企業でやっていく自信の無い人間こそ、ああいう「毛づくろい」を重視すべきだと思うんだよな
猿は生活時間の1割を毛づくろいに費やし、それで群れを維持してきた。
人間は群れの規模が莫大なので、生活時間の多くを毛づくろいに費やさないと群れが崩壊してしまう。
だから短時間での毛づくろい手段として言語を作り、言語を交換するようになった。。。


が霊長類行動学者ロビン・ダンバーの見解な。
ロビン・ダンバー
イギリスの人類学者、進化生物学者。専門は霊長類の行動。
彼はダンバー数の定式化でよく知られている。
人間にとって、平均約150人(100-230人)が「それぞれと安定した関係を維持できる個体数の認知的上限」であると述べている

ことばの起源 -猿の毛づくろい、人のゴシップ-
ロビン・ダンバー
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「毛づくろい」は合理的

発達障害者は「内容のない会話」や「意味の無い挨拶」を嫌うけど、

あれは無意味なプロトコルだからこそ

「俺は貴方と同じベースを有しており、貴方を受け入れる準備があります」

というシグナルになり信用を育む事が出来るんだよな。

あの営為は「不信が発生する可能性を減らす」という点では凄く合理的な
人間の言語交換を猿の毛づくろいとして見ると、

「言語の内容より、言語を交換し合ってること」自体が人間の間に信頼や愛情を生むんだよな。

その意味では「一般人の会話には意味がない」みたいなことを言ってる人間は
生涯地を這うことになるんだろうな。
これは事実なので出れる飲み会は全部出た
そうなんだよね、その会話を嫌がらず展開するのは実はその後の事を考えるとかなり合理的なんだよね…と理屈でわからないとできないんだよね我々は 結局人間に近付くには考え続けるしかない
私もおかげで今は2000%元気にエモーショナルに天気の話をする野郎だよ
毛繕いもだいぶ上手いこと行くようになったな。しんどいけど。
その「毛づくろい」こそが大の苦手なんですよね。
あれさえなければ仕事なんてどうにかなる。

「お決まり」のある集団こそコミュ障には救いになる

実はガチ勢集団よりゆるい集団のほうがコミュニケーションを要求されるんだよな。

ガチ勢はやる事や目的がハッキリしてるから「毛づくろい」の重要度が相対的には低いけど、
ゆる集団は毛づくろい自体が目的になるわけでな。

「強制力あるステレオな人間関係」はコミュ障にこそ救いになる面があるんだよな
あー、それで、わたし趣味でもエンジョイ勢よりガチ勢が集まるとこに行きたがるのかも。
単なる凝り性だけじゃなかったのか。
確かに趣味の集まりでも、ガチ勢だと趣味の話題に終始する。
個人情報に深入りしないし、マナーさえ守れてれば社会的地位を意識せずフラットな関係で付き合いやすい...。
いろいろ思い当たって、すごい納得した。

「挨拶」「礼儀」プロトコルでアドを取ろう。

新卒や新入生に対して「挨拶や敬語がなってない!」と怒ったりディスったりする人間は割と多いけれど、

逆に言えば挨拶や敬語を使うだけで、そういう(面倒と感じる)人間達との軋轢を避けられるので、挨拶や敬語はきちんとしたほうが総合的にはアドが取れるな。
コミュ障は挨拶や礼儀などを嫌いがちだけれど、

挨拶や礼儀はコミュニケーションを円滑にしてくれる便利なプロトコルなので、コミュ障ほど身に着ける価値があるんだよな。

とりあえず挨拶や礼儀さえこなせれば、相手に敬意を払ってることを示せるし、自分自身の社会的な姿勢の証明にもなるわけだしな。
平凡な人間にとって礼儀、マナーは盾の役割がある。
能力や知識は矛の役割を果たす。


という意味合いのことを何かで読んだか誰かに聞いた気がするな
発達障害だと“挨拶”がとにかく出来ない、しんどいという方が多いようだけど、
あれはもう『自分は敵意のない安全な人間だと示す儀式』だから割り切るしかない。
あと、返事があるかないか気にするものでもないんだよ。
ラジオでLilico姐さんが「挨拶が無意味にしか思えない」というリスナーのお便りを鼻で笑ってたのを思い出した。

「敵意がない人間です」というアピールだけじゃなく、

「私は他人に対して気を使える人間です」というアピールをする一番簡単なライフハック

なんで

出来ればやらない手はないんだよね。

「プロトコル」に”意味性”を求めない

挨拶や雑談や礼儀みたいな「意味のない言葉」は、

「私はTPOに合わせた振る舞いが出来ますし、貴方とそういったコミュニケーションをとりたいです」という信号になるんだよな。

こういったある種のプロトコルに言葉通りの意味を見い出そうとすると、

意味性ばかりに囚われて本質を捉えられず生涯地を這う
「お世話になってないのに、メールの挨拶でお世話になっておりますってw」
は俺もやったな。

しかし、あれは

「俺はビジネスルールを知っており、尚かつそれに合わせられる人間です」

という確認や自己紹介みたいな感じなんだよな。

あの手の挨拶は意味がないからこそ、意思伝達確認の信号として機能するな
「おつかれさまです」「つかれてねーよ」

こういう会話バイトでよくやってましたね

バイトが水商売だったんですけど、水商売は朝でも夜でも「おはようございます」なんですよね

場所が違えば常識も違う
「もしもし」のように恐らく大半の人が当初の意味を知らないまま記号的合図として汎用されているモノの有る。

電話で「もしもし」から始まれば受け手は相手が「おそらく日本人か日本文化圏の人」と認識できる。

我々はみんなお猿さん

「話の内容はともかく、言葉の交換自体が猿の群れの毛づくろいの代替として、人間の間に信頼を生む」

というのが霊長類学者ダンパーの主張で、

「内容のある会話をしたい!」と言いがちなASDも、
実は自分の得意な語彙帯で言葉を交換したいだけなケースも珍しくないと思うんだよな。

我々はみんなお猿さん
ASDは共感が乏しいと考えられてきたけれど、
京都大学の研究によればASDはASDの行動パターンをする他者や共通項の多い他者に対して、よく共感することが示されたんだよな。

体感でもASDや他発達障害同士は話が弾む傾向があるし、ASDは決して共感に乏しいわけではないと思うな。
【論文】自閉スペクトラム症がある方々による、自閉スペクトラム症がある方々に対する共感
「ASDも共感する」ことが京都大学の研究などで明らかになったけれど、
コミュニケーションなるものが「互いの共通項を見つけて引き出して広げること」とすれば、
俺の霊感ではASDは「共通項を見出すのが苦手」なだけと思うんだよな。

現にASDはASD同士や趣味が共通する人間とは普通に盛り上がるわけだしな
オタクは1般人の会話を「内容/意味がない」とdisりがちだけど、
人間は挨拶に代表されるように、言葉を交換し合ってること自体が信頼や親しさを生むし、
オタクも何だかんだ知識披露&確認/スラング/奇声などの、内容/意味がない毛づくろい会話を楽しんでるように思えるんだよな。

我々はみんなお猿さん。
@rei10830349

(クソリプ)
@herniainreh

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@rei10830349

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基本的に人は皆、服を着た原始人だと思ってる。
引用元
ことばの起源 -猿の毛づくろい、人のゴシップ-
ロビン・ダンバー
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