35歳でも大して知能は衰えないし、結晶性知能と言われてるものは60歳まで伸びる。

35歳限界説は学習能力より学習時間が取りづらくなる話ですよね。
0歳児がいたら週末にメール1本すら書けなくなるし、配偶者が病んだり親の介護で仕事を辞めた知人も何人かいます
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35歳というと仕事も質が変わる時期。
自分の専門性や得意分野だけでは結果が出なくて悩んだりする。
P/Lやチームを背負ったり、転職や起業で環境が激変し、違う業種の人を巻き込んで成果を出したり。
逆に独身で専門を磨き続ける人たちもいて、彼らの30代の学習や仕事で成果は20代より凄みがあるもの
何だよ、今最盛期じゃないか!
個人差があるのは当たり前ですが、90歳超えて亡くなった祖父は最期まで頭は冴えていましたし、日々なにかしらインプットしていました。
そんなスーパーエイジャーに自分もなりたいと思っています。
ほんこれ。
子供が生まれた年はヨメのケアや仕事や家事育児で手一杯で何も出来なかった。
子供が大きくなってきて勉強やジムの時間を取れるようになったのがここ1、2年ほど。
20代ほどではないけど、ここから自分はまだまだ伸びると思っている。
35歳限界説は、経験が増えたことでリクスを事前に回避してしまうこと、周りから教えられることが減ってしまうことで、学習機会が20代よりも一気になくなるからだと思う
35歳限界説、やはり結婚出産よな
独身主義者はその点有利か

あと、旦那をATMとみる宗派の人達を信教の自由の観点から批判はしないが
旦那が仕事の研鑽できる様に調整した方がATMとしての性能は上がる可能性あるのに、ひたすらキャッシュカウにして投資させないのはもったいない
35歳で知能が衰えてたら、30過ぎまで音楽やってた私が全く別の仕事で食べていられるはずはない。加齢後の知能は普段の頭の使い方や全身の健康状態に大きく左右されるはず。それにしても言語理解力が60代後半まで上昇しているのは興味深い。
確かにおっさんになって、部下や配偶者とか子供背負うと自分の為の学習時間の確保はホント難しい。あと子供と一緒にいたりすると一緒に遊んでると楽しくてすぐ時間過ぎるのでモチベーション維持するのも難しいよね
周辺環境が万全だったとすると仮定する場合
学習が一つの到達点に達して満足するという感じもあるな
好奇心ブーストが無くなると終りというか
各種欲望の減退も関係ありそう
55歳から英語多読を始め3年位で普通にペーパーバックなど読めるようになり、語学はいくつからでも始められるなぁ、と思ったけど正直70才過ぎて少し衰えを感じる。喋るときは喋ってしまうけど、書くとき自信がなくてこれでいいか?と確認することが増えた。知覚速度が最も低下が早いことは実感と一致
でも、60過ぎると流石にやばいのね。早めに手を打とう。
67歳までは25歳の時の能力を下回らない。
言語に関しては、60歳をすぎても、さほど衰えることはないらしい。還暦過ぎた作家には、嬉しい結果である。問題は体力と気力である。
この図を見ると、歳を取ると、外国語学習に不利というのは嘘だと分かる。
例えば、67歳は、言語理解力はどの年齢よりも高いので、文脈理解が必要なリスニングや読解は若い人より有利。言語性記憶は20代には及ばないが、それも数パーセント劣るだけ、余計に反復する等少しの努力でカバーできる。
問題を感じるのは体力…
知能だけでなく、体力の問題も大きいと思う。無理きかなくなるからね。
iOSアプリ書き始めたのが37歳で、45歳になる最近はLaravelやらPythonやらGOもいじりはじめたので、学習欲は衰えてないと自負してる…のだけど、物理的な作業時間と体力がががががが
学習時間が確保できれば,知能は衰えないのか..いいこと知った.年取っても知能は衰えないという新しい概念ができた
これは学習に対する意識の問題でもあると考えます。日本では「大学を出たらもう勉強なんて必要ない」と考える人が少なくなく、仕事の上で必要な知識以外は学習しない傾向が強いのも影響していると考えます。
要するに学習が短期的投機的になって、若い時以上の知識獲得能力を育めないのです。
一般的に35歳限界説を認める人が体勢として多くを占めるということは、肉体的にではなく社会的に成長限界を迎える環境になってしまっているということ。

逆に、環境さえ用意してやれば自分はもっと長く成長実感を持てるということ。
こういうのを読むと、40歳までにお金と時間を作り、社会人2周目に入るのが良いなと思う。
なるほど、まだまだやれるな
まだまだ年齢を言い訳にしちゃいけないって思えた。
思い切りやってみる。
引用元