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「主人公になりたかった」という話をすると
「誰でも自分の人生の主人公なんだよ」という反論が返ってくるものですが、

僕たちは決して〈誰にも読まれない凡庸な物語の語り手〉になりたかったわけではなく、
〈魅力的な物語の中心人物〉になりたかったという意味で
主人公という言葉を用いているんですよね
どんな人生も捉え方次第だとか
努力で後天的主人公になれるとかいう立場もあるのでしょうけど、
僕たちの主人公観からすると、
そもそも「主人公になりたい」なんて考えている時点で主人公失格なところがあって、
裏を返せば主人公というのは「主人公になりたい」的な葛藤とは無縁な人のことをいうんですよ
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自分の人生の主人公と言われても、クソゲーの主人公になって何が嬉しいというのか
ヒロイックシンドローム(主人公症候群)という奴だな
物語の世界を思い浮かべた時に、「主人公になりたい」なんてことを言うのは、言い方は悪いですが主人公になれない脇役なんですよね。やっぱり。
私は誰にも読まれない凡庸な物語の語り手になるくらいであれば誰かの魅力的な物語の脇役、例えば村人Bとか木とかでもいいからそちらに出たいと思ってしまう人間です
主人公というか誰かの英雄に憧れたことはありますね
他人の人生から見てモブではなく魅力的な脇役でありたい
自分の人生は魅力的な物語じゃなくていいから、自分以外の誰かの物語で魅力的な登場人物になれたらいいなぁと徒然思う...
どちらかといえば俺は、大筋から逸れた所で好き勝ってやりながら美味しいシーンはちゃんと持っていく系の役に憧れた。
私はあらゆる物語の観測者として生きたいですね
私は平凡な日常の中で、小さなこと一つ一つに葛藤して苦しんでいる人が主人公の物語が一番好きです。
凡庸な日々を感受性豊かに生きれることに、一番魅力を感じる。
あと、誰にも読まれなくても自分がその物語が好きだったらそれで満足しちゃうかも。
だから人間みんな主人公だと思う
saba_little きっとそう思えない人は「主人公=特別」なんです。
だからこそ僕は「自分は脚本、演出兼主人公」ですね(なんならもっと付け加えてもいい)。
特別になるように演出したら良い、テーブルでスタンバってたって何も運ばれちゃこないし、凡庸な日常はそれでいて劇的だとも思います。
「誰でも主人公」という言葉は、つまり「自分を主人公とした整合的なナラティブ・セルフ」しか見えていないということであって、人生を俯瞰してみてみれば、どんな人間であってもどうあがいても「自分の人生ですらモブキャラ」に違いない。
でもほら、僕ら特に魅力もないですし、命を投げ出す覚悟もなければ才能もない。努力も並、センスも並。
これは凡庸になりますよ。
誰にも見向きもされずに古本屋の片隅で埃を被りながら馬鹿安い値段で売られている何度も値札を貼り直した跡のある本じゃなくて、
少なくとも自分目線で面白いとか魅力的だって思える定価で買う価値があるって思える本の主人公になりたいっていう気持ちわかる→
少なくとも今の自分が主人公の本は金積まれても読まないってくらいクソつまんない本なのは分かってるし、そんな本の主人にはなりたくない
私は私であっていいんだって自分で思えるような本の主人公として生まれたかったし生きたかった
なりたい自分は"これ"じゃない、いたい環境は"こう"じゃないってことなんですかね。
私はいつもそう感じて生きてるかも知れません。
自分の人生を『魅力的な物語』にしたいと言うことですね
ならば魅力的な物語にしようではないか。
これは、自分たちの物語だ。
〈魅力的な物語の中心人物〉と同じ思考行動をしてれば必ず主人公になれるんですけどね
容姿が才能が環境が運が、と努力もせず世を妬むという悪役端役と同じ考えの持ち主をあなたは魅力的だと思えるか
主人公になるには邁進するしかない
表現の工夫とかで「魅力的な主人公」に加工することはできますよね、Twitterとかで
自分を〈誰にも読まれない凡庸な物語の語り手〉で終わらせないために、人はブログを書いたりTwitterだったりインスタだったりで自分の物語や世界を表現するんでしょうか
「誰かの敷いたレールの上を進む」と解釈すればある意味不自由な生き方とも捉えられるだろう
「魅力的な物語」の「魅力的な」が自分以外の誰かに掛かってしまうと人生の主導権が自分でなくなってしまう
もしも、これで終わりでもいい。
そうならきっと凡庸な物語で完結していい。そういう主人公もある。
だけど。主人公になりたかったなら、それはまだ終わりじゃない。
この先主人公になれなかったとしても、最後まで抗って「そういやなんか変な奴いたな」くらいには思われたいもんです。
魅力的な物語でも自分が知らなくて読んでない物は山ほどあるという事を考えると、読まれるかどうかと魅力的かどうかはあまり関係がないと言えるので、読まれてないけど魅力的な物語の主人公たろうと信じて生きていくのがいいのだろう、と最近は思ってる
これ私も思うのですが、死後の世界の人達がモニ〇リングみたいに(番組の1部として)すばるん達をみてるんじゃないかと感じながらみてる。自分の人生や関わってるまわりのコミュニティが1番面白くて視聴率とれてるんじゃないかって時々感じながら生きてる。
主人公になりたいって思う事(で既に主人公失格なのではと思う事)は
表現の仕方は違えど実は誰もが思っている事で、
誰かに何かを思ってもらえる事がいい物語なのだとしたら、
共感を得られるこの考え方も物語の主人公たる考え方だと言えると思う。
引用元
君の話
君の話
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aa 魅力的な登場人物がいてほしかった