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ストーリー(戸田誠司)より
正直に言うと僕は過去、

女性のことを"知識"としては人間に分類しながら
"意識"としては別の種類の生き物だと思っていた。


万能感を期待しながら見下し、尊敬・崇拝しながら性的に消費するには、
同じ人間だと思っていると整合性が取れなかったのだと思う。

僕の中で女性は人間であって人間ではなかった。

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妻と向き合い、娘3人を無力で何の役割も負っていない状態から育てる過程を経て、

僕は女性が人間であることを初めて"実感"した。

人間と暮らしている
→彼女らの属性は女性である

という順を経て初めて、

女性であることは彼女らにとって人間であることの下にぶら下がる特徴の一つに過ぎない
ことを知った。

僕が女性に求めていた万能感、
見下す対象になること、
尊敬・崇拝の対象になること、
性的に消費し得ることは、
どれも別に必要ではないことを知った。

そしてそれらを求めるようになったのが
生来の感覚ではなく環境による刷り込みであったことも段々と実感できるようになってきた。

女性を何となく同じ人間でないと感じているのは昔の僕だけではないだろう。

多分、かなり大勢いる。
整合性が取れないほどの役割を女性に期待するような認知や
それを形成させる環境を見直すのは我々男性自身であるべきだが、
洗脳された人が自分自身で洗脳を解くことの難しさもすごく感じる。

「尊敬・崇拝しながら性的に消費する」って、凄くわかる。

私の身近に「所詮、男は女に敵わない。女はすごい」と畏敬を込めて言う割に、
ふとしたときに女性蔑視の片鱗が滲み出てしまっているひとがいて、
いつも(この人の言動の矛盾はなんなんだろう)と疑問だったのですが、
なるほど、と思える考察でした。

私が女性でありながら違和感を感じるんだから男性から見たらほんとにそうなんだろうな

「個人」としてある前に「女性」の記号がある感じ

だから人間として不完全な気がするし、「男性」と「自分」が両立して違和感のない男性に憧れた

前付き合ってた人に「思っていたのと違った」と言われてから、
ふとしたときに「思うような女でない」劣等感が襲ってきて死にたくなってたけど、
別に思うような女にならなくてよかったんだなあ、言語化してくれてありがたい。

多くの日本人男性が持っている「自覚的に無自覚な女性蔑視」を、分かりやすく言語化してくれた良ツイート。

「俺は女性を尊敬・崇拝してるから、差別主義者じゃない」と思っている人でも、
女性を「別の種類の生き物」と思っている時点で、人間として平等に扱ってないんだよ。


日本の教育の問題だな…

でも、万能感の期待と尊敬・崇拝はどこからくるんでしょうか…。
女性に対して見下している人ほど、その万能感の期待がある気がしています。


cocorono_tomo
母親像は一つの大きな要素だったと思います。
私は自分の母が文句一つ言わず何もかもこなし、子の全てを愛し全てを許すような人だったので特にそうなのかもしれませんが、周りの家庭でも大抵、(少なくとも見た目上は)それを理想としている空気がありました。

私が子供の頃に比べれば緩和されたのかもしれませんが、
ニュースやネット上での諸々を拝見しているとまだまだ母親が何もかもこなし文句を言わないことが理想とされている空気は感じます。

加えて、色々な創作物において女性の忍耐力や許容力が無意識に描かれていることによる認知の循環なのかなと。

これ。まさにずっと思っていたこと。

「女性を人間だと思ってないよね」の問いかけに多くの男性は「そんなことない」と答えると思う。

でも、
「女の子って深く悩むことないよね」
「美味しいもの食べたらすぐ忘れるんでしょう」
「母性本能ってすごいよね」
「子供のためなら何でもできるんでしょう」

「女」って性別なだけの人間なので、「よしっ、もう大丈夫!」って切り替えれるときもあれば全然できないときもあるし、「この子のためならエンヤコラ」もあれば「もう無理」もあるでしょう。人間だもの。

この、多くの男性が女性に対して抱いているであろう感覚は

「女は女神であり娼婦でもある」

という言葉に集約されていると思います。

それに対して女性達は昔から

「私たちは女神でも娼婦でもない、あなた達と同じ人間だ」

と言い続けてきたのです。

男性が女性に期待する役割が内包する、「女神」「聖母」「娼婦」に共通するものは
「誰でも優しく受け入れてくれる存在」だと思います。
しかし女性側からすれば命を懸けて子供を産むのだから、
その相手は誰でもいいというわけにいかない。
そのズレが男女がお互いに対して不満を抱く原因だと思います。

多分男性は女性の「子供を産む」という行為に多大な神秘性を抱き過ぎているのだと思います。

だから「女性は子供が産めるから凄い」と崇めたり、
逆に「女性は子供を産むことぐらいしかできない」と貶めるのではないかと思います。

「母性」という言葉で女性は世間からどれだけのことを押し付けられてきただろうかと思います。
あなたのような方がおられるというだけでも救われる思いがします。

すごく大事な話だと思うし、ぜひともシェアしたい言葉なんですが、「万能感」の意味がいまひとつわからない……。
女性は何でもできると感じていたということ?
それとも女性に対しては何をやってもOK、みたいな感覚なのでしょうか?

嫌な気分にさせてしまう可能性もありますが、率直に書いてしまいます。お許し下さい...。

私の場合「何でもできる」と「何でも許してもらえる」の両方の感覚を持っていました。

母は体調が悪くても怪我をしていても徹夜で仕事をしても全ての家事育児を笑顔でこなし、怒ることもなく、

子どもの行動の全てを受け入れる人でした。

他の家庭のことは知りませんでしたが、漫画やドラマでもそういう包容力や鉄人のような姿が好意的に描かれるので、
女性は男性のように何かに怒ることは元々少なく、どういう状態でも家族を守れるように体と心ができているのだと漠然と思っていました。

漫画やドラマでは他にも、
迷惑ばかりかける男性主人公を女性キャラが文句を言いながらも支えたり、
本筋に出てこない面倒な雑務を処理する役割がほぼ女性だったり、
昔の時代劇とかだと主人公側のキャラが普通に好色として描かれていて、
お尻を触ったりセクハラ発言をしても笑って流している様子を見て、

女性は男性をサポートすることが嫌ではなく、場合によってはその中で嫌なことをされても(何でもとは言わないまでも)ある程度は許せてしまう存在なのだと、これも漠然と思っていました。

このあたりの感覚をまとめて「万能感」と今回表現しました。
いずれも今思えば普通にあり得ないことですが、当時も頭では分かっていて、
しかし感覚としてはそういう存在であり得ると思っていたと言うか、
現実と仮想現実の2つが並び立っているような感覚と言うか...伝わりますでしょうか...。

Kean_Univ 私も全く同じ様に男性を見てしまいます。人間であって人間ではない。

性的に、社会的に搾取されていると感じてしまう。
結局、肉体的にも性的にも社会的にもされる側、勝てないんだと思わされてしまう。
男性を人間だとは思えない。

個人として見れば、見られるようになればその個人として人間として素敵な事はわかっているのだけれど。

男という括りがどうしても嫌悪する対象になってしまう。

私は今まで、「性的に消費」され「見下され」、
それでいて「なんでも受け止める」ことを期待され続けてきた。
相手はわがままを言いとことん甘えるくせに、私が都合の悪いことをすると責める。
そんな男性に「いい女」だとか「ダメだ」とか勝手に評価されて、一喜一憂する私も今思えば馬鹿らしかった。

ある意味で支配されているようにも感じる。
個人として素敵な人はおそらくこの世の中にいて、私もそんな人に出会えて、信頼できるはずだと信じているけれど、私もどこかで男性を一人の人間としてではなく、ひとかたまりにして考えているところがあるのかもしれない。

すごい男性がいる。
隠したいはずの気持ちを書いてくれてありがとうって本当に思った。
自分を犠牲にして男の世話をする事、性的対象として綺麗でいる事を美化して当たり前の事として圧力かけてくる男女の多さに辟易してるから、間違いを打ち明けてくれる人なんて感激だ。

これさ、女から男にも当たり前のようにやってしまっているんだよね。
「男でしょ!」みたいな押し付けをさ。

男にだって無理なことはあるのに何もかも男が悪いみたいに罵る一部の風潮は、
やはり良くないなあと思った

男性に対しても「万能感を期待しながら見下して」いる女性は結構いると思うなー。
だから相手の弱さを許せなかったり、
お金を運んでくる役割だけを期待することになっちゃったりする。

相手を「同じ人間」だと思っていないと、根本的なところでいろんなことが狂っていく。

なんだかわかりみがすごいのですが、
私は女性で男性に対して似たような感覚があります。

うちは娘しかいないので、まだ男性を同じ人間と思えてないです…表面的にはつきあえますが、自分と同じように考える生き物として実感できてないです。

Kean_Univ 雑な言葉で言うと、風俗には行くけど女嫌い、の逆みたいな感じですね。

これは共感出来る。
そりゃ男らしくいなさいって言われて育てられたら女を見下したくもなるわな〜って思う。
自分が男だったら高校生とかで彼女に奢ったりするのとか嫌だもん。

女は男性から、男社会からこれらの矛盾した役割を全て負わされていることに気づいている。
自身の成長に伴いいろいろ理解する。
そして「賢い」振る舞いをするか選択を迫られ女同士は分断される。
何かを得るため、例えば仕事、人間関係、人生の伴侶、
そんなもののために女は人としての尊厳を手放す。

同時に、男にも背負わされている役割がある。
女のそれとは異なり貶められるような性質のものではないためか話題に上ることは少ないけれど。
生きづらさで言えばどちらも同じようなものかもしれない。

私も男性に対して『万能感』を求めている気がする。
稼げない男性、甘える男性、仕事できない男性をものすごく白い目でみてしまっている。


でも何故か女性には何も思わない。
これも差別なんだと気付かされた文章。
染み付いた意識を変えていきたい。

男性女性、年上年下、貧富、川上川下、美人不美人……至るところに、不平等な視点はあって。

しかし、それは自然の姿であって。

自然はそもそも不平等。

だからこそ「社会的平等」という不自然な、しかし知的に平和な世を作るには。

不断の努力が必要なんですね。

わっかんねぇなあ。
そういう認識してた方が整合性とれてなさそう。

正直この、別のクリーチャーだと思ってた「から」、見下すとか
性的に消費するとか
ある意味パターン化したコミュニケーションを取れば足りると思っていた、という告白の理屈もよく分からなくて、

別物であれば寧ろ対峙する個体に即したきめ細かな対応を取るのが普通ちゃうんと思う 

なんで「同じ人間だと思っていると」「性的に消費できない」のかがわからない。

なんか、「同じ人間として扱う」て態度を過大評価していません?

男同士の関係性をみたら「人間扱いする」てことに大した意味はないってわかりそうなものですけど。

分かるようで分からん( -_-)

つまり、性的憧れはあるが、それ以上の存在としては認めなかったって事かな?

nenji_sure 横から失礼します。
シンプルに言うと性別関係なく「一人の人間として尊重」
忘れてはいけないと言うことだと私は解釈しました。

mgad2867 そう。そんな感じで書きました

……ところで、変な考えですが尊重って何なのか疑問です

誰もが口にし、多くの人がやってる様ですが、どんな気持ちなのか不明瞭

尊重が利益に関連した世俗的基準、または利益に振り回されない純粋な基準かはともかく、立場を説明しない、できないと心は繋がらないかと

nenji_sure 尊重は気持ちと言うよりどれだけ自分と対当に見ているか、
自分がされて嫌なことは言わないしない、
相手の気持ちに立って考えることと思います。
当たり前のことですが、男女問わず無意識にやる人はいます。
ツイ主さんはそれにやっと気付いたと言うことを述べたいのだと思います。

mgad2867 勿論、尊重は気持ちじゃないですよ?

ただ気持ちのこもらない行為は味わいが薄いというか……

例えば無表情で尊重してますって言われ信じられます?
(笑顔をという形の話じゃなく)

対等が相手に実感されなければ無意味では?共有共感は必要でしょう。
共感のみの判断は受動的。共有化もされずに尊重?

nenji_sure こればかりは相手の感じ方次第なので言葉や行動で対当に見てもらえてるとみんなが思うかどうか分かりません。
ただ貴方が言うようにお互い伝え、行動に出すのは大切だと思います。

けど、牛馬みたいな男性への牛馬みたいな女性に対するニーズが根強いのも確か。

なんで結婚してから気づくんじゃい
前の認識してた方が結婚できる世の中ってことなんじゃい

結婚して、娘3人育てないという理解できないことなら、非モテには一生理解できないってことだろ。

うーん、あたしは「別の生き物」って認識でいいと思ってる。
別の生き物なんだから理解できないこともあるし、考え方行動も違う。
ただ、似たような造形をしていて、共同生活を送っているだけ。
そういう利害で共存してる生き物は他にいるわけだし、別の生き物としてお互いに認め合えばいいんじゃない

というか、そう思わないとストレス溜まるくらい、考え方が違う。

理解できないことも多い。
でもそれぞれに正義をもってる。

「同じ人間だから」の域を超えてると思う。

もしかしたら、他の生物もそうかもしれないし。
その上に個性も出てくるんだから、もう「自分以外」なんて「別の生き物」でしょ(極論

上も下もないよ、おなじ人間だもの。
でも違うよね。
違いを楽しめたら幸せだろうね。

たまにこういう”もやもやとした感情を言語化”するツイートが見れるからtwitterが好き

引用元
ストーリー
ストーリー
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戸田 誠二
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