「できる」と「できない」の間に
「できるけど疲れる」がある
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本日のハイライトでした。

ありがとうございました。

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とても解るけど、その発想はなかった。
私も理解しようとしてくれてる親にすら
「でも頑張れば出来るでしょ」
と未だに言われることがある。

その時の違和感の正体はこれだ。
「できるけど疲れる」んだよ。

「できるけど疲れる」
なかなか分かってもらえないです…

「できる」か「出来ないか」の極端な2択しかなく…
それで自爆するんですよね…………

めっちゃわかります。
娘は今は「出来ない」ことは殆ど無くなったけど
「出来るけど疲れる」
「出来るけど人より時間がかかる」が沢山あります。
微妙すぎて支援してもらうのが難しい。

「できるけど疲れる」←本当これ。

個人的な感想としては「出来るけど死ぬ程疲れる」感じです。

ADHD持ちの「毎日疲れている感」はもっと知られてほしい。

すごくわかりやすい。
健常人だって、「できる」と「やれる」は違うしね

エンジニアのタスク、だいたいが「できるけど疲れる」だ。
「疲れる」って言わないで「ご要望の仕様を実装するには追加でn人月かかります」ってなるけどw

「できる」と「できない」の間に「すごくお金がかかる」がある。

#仕様変更って何だろう

……というか仕事の95%は「できるけど疲れる」だわ。

共感している人も多いが、誤解を招きそうな表現だとも思いました…

障害者に無関心な人からはいかにも

「疲れるのは当たり前!世の中なんて疲れる事はたくさんある!甘えるな!」

と言われそう。

すっげー分かるけど
疲れるって言うニュアンスで言うと「は?努力せいやみんな疲れんねん」って返されるから結局伝わらない。

「出来るけど疲れる」って概念、
定型側から「疲れるってなんだよナメてんのか?」って言われそうな表現だなと思った。

メディアで扱うなら的確に表すだけでなくて、その中でも可能な限り定型に誤解なく受け入れられる言葉をしっかり選んで欲しい。

前後の流れ観てないからそう感じるだけかもしれんけど

CBydbbmpg 疲れなんで誰でもあるんだよ!
みたいな感じになってしまいそうと思いました

tenten_kasukasu 当事者か当事者の身内とかでないと簡単に理解はできないのだろうと思います。

発達障害の「疲れる」は、

定型発達の皆さんにとっての「過労」状態のようなモノ

「子供の頃からずっーっと疲れてる」
「1日1ターン行動」
「存在するだけで疲れる」

などは当事者の主張として頻出ですね…

状態異常でも敵は倒せますが、不便です

この主張のキモは「発達障害は疲れやすい」ってことではなく

「条件付きの"できる"」は、
「できる」と峻別して把握しましょう


って事ですので、そこだけ宜しくお願いします☆

「できる」「できない」の間に「条件付きの"できる"」があり、

多くの人は「条件付きの"できる"」を「できる」とみなしていて、
それは間違いですよ、という事です。

「疲れるなんて当たり前!」的な突っ込み方はピントがズレてまっせ

ステータス異常、年中異常アイコン付いてるよ。

ずーっとピンチアラームピコンピコンしながら息してる

「条件付きのできる」っていう言葉になるほど!って思いました。
発達障害の当事者からすれば
「条件付きのできるは条件がそろうことがほとんどないから基本的にできないんやで」が、
定型からすれば「やらない」に見えてしまって、イラっとするんやろな

例えば東大生と小学1年生がいたとします。
東大生も小学1年生も、結果的にはひっ算で足し算を解くことは出来ますが、
明らかに覚えたての小学1年生の方が消費エネルギーは多いですよね。
その分だけ疲労があります。
イメージとしてはこんな感じ。

ほんとそれです。

知人に一般人よりIQ高いアスペルガーの方が居ました。

原付の速度メーターみたいなもんで、
MAX出せば 一般道路の一般車並の速度出るけど
そんなんずっと続けたら すぐ故障するしすぐガス欠する、と。

だから やる気出せばできるやん は間違い。

凄く当たってる光を見ると頭痛や目眩がしたりする。
人とコミニュケーション取れるけどかなり疲れる。
いざ働き出すと疲労困憊で普通の人が出来るの普通が全力疾走しなければならず長く持たない。いきなりスイッチが切れる。

めっちゃ共感呼んでるけど
定型からしたらこれも「めっちゃ普通の事言ってる」状態なのだろう。
全ては度合いの世界、
数値化するか可視化しないと人間は一生納得しない。

目に見える身体障害なら

「歩けるけど遅い」
「働けるけどしんどい」

が理解されるし、

知的障害でも

「作業できる出来るけどどうしても不器用」
「頑張れば覚えられるけど遅い」

みたいな中間状態があることが自然に受け入れられるけど

発達障害だと一気に急に100か0かの精神論になるよね。

家から一歩外に出たら仕事っておもって生きてる。

友達に一回言ってみたことがあるが、???「」みたいな反応だった

意味がわかった。

学生の頃は連日の朝練・放課後・土日の部活、就職後は長時間長時間・有休の不取得、全く理解できず身体も付いて行かず…
皆んなはすごい丈夫なんだ!と思っていましたが、

そうではなくあの人たちは疲れが少ないらしいと気づいたのは最近です…。

この疲れる感覚も、
同じ人間と言っても体という一体一体オリジナル性能の機体を操縦してるとか、
感覚過敏・鈍麻で五感の強弱があるから、
同じ条件でも体への負担は人それぞれだとか、
知ると知らないとじゃ気分が全然違う。

本格的に疲れると、ついさっきの記憶・思考・今後の予定の連続性が無くなり、頭の中で細切れにされ散らばったこれらを延々拾い集める感覚に。

頭の中の戻るボタンと履歴と予定表と時計が使えなくなる感じ。

このデバフが重なってくると出来るものも出来なくなるのか

発達障害の人生は「疲労がデフォルト」

なので、

生きている限り
「ブラック企業に勤務し続けているコンディション」
での活動を余儀なくされている状態。

つまりオンオフのスイッチがない。

ここが一般的な「疲れやすい」との違いっぽいですね。
休みが休みにならない

恐らく多くの人は生き辛さに対し

「問題Aがあるorない」という「マター・ベースド(問題発生率)」で考えているからスレ違いが起きるんだろうな。

その問題があるorないの有無の軸ではなく
「問題Aからどの程度のダメージを受けるのか」という「ダメージ・ベースド(耐性保有率)」で考えないとアカン

凄く分かる。
毎日、何もなくても疲労感が絶えないのが一般常識と捉えてはいけない。

感覚過敏があると生きてるだけでクタクタだったりしますよね

疲労がデフォルト、わかるなあ。
だから働き方を考えなきゃいけないんだよね、めちゃくちゃ。

もう一つ。

「できないけど断れない」 もある。

実際健常者が健常にみえるような行動
(毎日朝早く起きて長い時間電車に揺られ8時間は働き上司の命令には従い…等々)
ってのは

しない時の不利益>するための疲れ

っていう判断を常にしているからであって

『疲れる』という犠牲を払っている以上
『しない』という選択も理にかなっていない訳ではない

「この作業終わったら帰ってもいいですか?」
が通るならやれることがぐっと広がる・・・気がする

たしかに毎日、ものすごくあるけど、

それって我慢するべきことじゃないの?

つらくてもみんなやってるんじゃないの?
それをやりたくないから私はこんなにダメなんじゃないの?

発達障害の方が
「発達障害とわかってほしい」のか
「発達障害として扱って欲しくない」のか
分からないことが多々ある・・

そうなんだよね。

このテレビ見てないからわからないけど、

その対応をどうすればいいの?
「できるけど疲れる」からやらせなくていいの?
「疲れるけどできる」から人より頑張ればいいの?

その疲れるの度合いが健常の人と違うから「健常の人だって頑張ってるのに」が通用しないのはわかるけど…

「できるけど疲れる」からやらなくていいです。周りが理解しましょう。
って意味だったら無理でしょって思う。

発達障害ですって看板つけて歩くわけじゃないし、
世界中の全員が発達障害を理解してくれるわけじゃないでしょ。

できるだけ多くの人に知ってもらって生きやすく、というのはわかるけど…

「できるけど疲れる」ことがわかった上で、
「疲れるけどやる」を選択するorさせることはOKでは。

「ガチで疲れんだなコイツ」ってことが共有されてるだけでだいぶ違うかと。

やった結果疲弊してダウンした時は、

「お、虚脱?無理すんなよ」

なんて一言かけるような世界観が良いのではないでしょうか

hattatu_matome そうなんです。

それをやるのが他の人よりすごく大変という事が理解されてるだけでだいぶ違うのです…

hattatu_matome これをやらないと発達者はどんどん鬱になるし離職もしてしまうと思う

「できる」と「できるけど疲れる」の間には、結構な差があって、
「できるけど疲れる」ものを、「できる」にしたり、
「できない」に分類するためには、かなりの労力を使う。

そして、それができるようになるには、
「本人の気づき」や「周りの理解」、
「本人が助けを求めたり、主張する力」が必要。

ただ自分も思うけどこれは発達障害の人以外にも言えるというか.....

それをわからずに人間をボロ雑巾のように扱って壊してる人間がいるのも世間を見れば嫌というほどわかる。

もっとお互いに優しくなれる社会になればいいのにね。

発達障害でなくても、仕事で苦手なことをゲロ吐きながらなんとかこなしたら、やればできるじゃんつって、以降できることにされて一生涯ゲロ吐き続けるって事も珍しくない気もするなぁ。

何であれ「適材適所」が全てだと思うし、
それをきちんと見極めてくれる人が上司にいるかどうかだね。

「できるけど疲れる」は

後になって「できませんでした」に変わりやすい

引用元
発達障害グレーゾーン (扶桑社新書)
姫野 桂 OMgray事務局
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