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みんな好き勝手なこと言ってるなあ…
遺伝子解析で完璧な人間なんていないのがわかってる時代なのに
「障がい者は子どもを産んだらダメ?」 難病ママの出産・子育てを阻む『優生思想』の闇

※コメント欄

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社会福祉についての授業の在り方が問題なのではないかな。

「自分には関係のない可哀そうな誰か」への施しとしての扱いをやめないから、
いつまでたっても他人事なんだと思う。

自分は常に「与える側」だと思ってるからこういう批判が出てくる。

障害も貧困も、
義務教育の福祉の授業で

「大変だよね、つらいよね、でもこの人は頑張って生きていて偉いよね」
方式じゃなくて

「この先、あなたや周りの人が何か困っても、こういう仕組みで助けてくれる所があるから心配いらないよ」
方式にしたらいいと思うの。

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そう!これこれ!
「明日は我が身」

本当にそう思う

教育の場での「福祉について」とかって
頑張ってる人や可哀相な人に優しくしなきゃね~ 
っていう
「情緒」の話が大部分なのかなあ

実際に自分がその状況に陥った時に、
感情論で助かるってものでもないのにね

小学校の時に養護学校(※当時)の見学だか交流だかの活動があったんですよ

「こういう子たちがいるんだよ」
という説明もなかった(気がする)し

「?何この子?」
と思いながらお話して、最後にはものすごくいいことをした気分になったのだよね …

何もしてないのに

「社会モデル」という考え方が一般に広く知られるようにならないと、
いつまでたっても溝は埋まらない気がする。


障害学や福祉の勉強をしている詳しい人はサービスを受けられるが
理解のない人から煙たがられ、
情報を知らない障害者は同情はされても不便な暮らしを続けることになる。

kano47 役所に行ってもこちらから聞かないと、
なかなか窓口の方から詳しく教えてもらえないですもんねー。

情報格差といいますか、そういうのありますよねー。

授業の問題かはわかりませんが、

障害の問題は、障害者という少数の特別な人の問題と思っている人が多いですね。

彼らと言うのですぐ分かる。

この20年くらいは皆の貴方の将来像だよということを授業では言ってます。
福祉の授業は余りしてませんが。

未来に起こりうるリスクの回避は知識としても態度としても大事な教育だと思います。

ちょうど先週の授業は視力と近視と視覚障害の回で、
課題は、視覚に障害がある場合に支援を受けられる地域のサービスを探して調べることにしていました。
さらに補足としてロービジョンサービスについて紹介しました。

学校にそんなもの期待してはいけないと思ってしまう反面,
この考えが広まってくれれば良いのにと思ってしまう自分がいます。

CMj61575031 今の学校教育では難しいことですよね。
実際、今の世の中が「何があっても大丈夫だよ」と言える状態ではないし。

中途の障害者の場合、
健常者と障害者、それぞれの世界での概念が全く違うんだということを時々思い出して、
はっとして絶望する。

例えば健常者の考える「自立」と
障害者の世界での「自立」は違う。


「ヘルパー使ったら自立じゃないじゃん」という部分の説明から始めないと。

私の通ってた小学校って、
秋田市北部の特殊学級の拠点校で特学たくさんあったし、
近くに盲学校と聾学校があって運動会とかの行事が合同だったので、
自分のなかで障害者が特別な人達じゃない意識が自然に芽生えた気がします。

なので自分が障害者になった時になんの劣等感もありませんでしたね 。

教育現場において障害を持って産まれてくる子がどれだけいるか、
また自分自身がいつ障害者になる可能性がどれだけあるか


教えて欲しいと切に思います。

社会福祉が整うこと、偏見が無くなることは、
自分や近しい人がその立場になった時にも、安心して暮らせるということなのに。

引用元
福祉原理 -- 社会はなぜ他者を援助する仕組みを作ってきたのか
岩崎 晋也
有斐閣
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