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学生さんが

「よって、Aとなります」

と言う。

私は「よって」の論拠が足りないと思ったので、

「どうしてそうなるの?」

と問う(Aに異存はない)。

すると学生さん慌てたように

「違いましたBでした」

と話を変える。



「『どうして?』が否定文に聞こえる問題」

と名づけている。

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「どうして?」と言われて「なぜかと言えば〜〜〜」と答えるという経験が不足しているんだろうな、とは思う。

私が怖いおっさんであることが影響しているのかもしれない。

そこは正直スマンと思う

とりあえず私が「どうして?」と言ったときは

「純粋な疑問文」であるということを積極的に広報していこう。

「なんでやねん!」と言ったときは単なるツッコミです。

子供にどうしてそうなったのか聞いたときも似たような現象が起きます。
否定してるんじゃなくて理由や動機が知りたいだけなんだが(´・ω・`)
それとも尋ね方がまずいのだろうか

「どうして?」と尋ねると「なんで怒るの?」って言う人がいて驚く。

否定されたと勘違いする
→相手が「怒っている」と脳内変換
→自分は被害者だ、的な。

これ、ちっちゃい子でも大人でも結構いるんだよねぇ。

これに限らず,

純粋な疑問が否定にとられて,
相手に戦闘態勢に入られる現象がとてもつらい.

存在しない真意(敵意)みたいなのを感じ取られるのどうすれば回避できるんだ.

これ難しいよね。どうして?と言っている人の普段の振る舞いによるとしか。

これは日本語に限ったことではなくて,英語のインタビューメソッドでも,Why (not)?は使わないようにと書かれているのを見た。

「どうして?」が疑問文どころか強い否定や肯定として使われるのは全世界共通では?英語の"Why not?"を持ち出すまでもなく

なぜ?と問うと否定されてる気がするのでカウンセリングでは、 何によってAになるの? というような聞き方をするってきいたことがあります。

これは、うちの子供的にいえば、
「お父さんは、子供の答えが気に入らないと、すぐに「なんで?」「どうして?」と言う。

言われると自分が全部間違っているのではないかと思い、結果思ってもいない答えを出す」

という現象です。 いう時の顔も怖いので余計にかと。

おそらく子供の頃から「なんで~するの!」と叱られて、回答すると「言い訳するな!」って怒られてきた土壌があるからかと思います。

加えて正解を知ってる、判断する人間から疑問が出ると言う事は持論は正しくないと思ってしまうのでしょうか。

これ逆のパターンもあって、「どうして?」にそのまま答えると「言い訳するな!」みたいな、問いではなく否定だったみたいなケースも多い。

あるある。
質問するのはより深く理解するためなのに。
若者は自信が無いのかな?
他者の異なる考えも自分を高めたり深めたりするのに…。

irobutsu 先生がぼくのアホさ加減に驚いているように聞こえ、つい逆を答えてしまうのです 
気持ちわかります 笑

今の学生はマジョリティや上の発言が絶対って思ってる人が多いです。

自分が出してる意見に穴がないと思ってる場合が多くて、「自分はこう思っていたけれど疑問が飛んでくる」時点で一般的ではないになるみたいですね。

ようするに相手と議論するより同調しようとするみたいです。

3peta 人によっては「私はAに異存はないんだけど、どうしてそうなるのかの論拠を聞きたいので説明してもらえますか?」まで言わないと分かってもらえないこともあるでしょうね〜。

irobutsu 「どうして?」「なぜ?」

というのは
現代社会の風潮で相手を強く否定するために用いる人が増えてきているので、やむを得ないでしようね。

なのでいったん同意を置いて

「なるほど。大筋は納得できるけど、ここからここにつながる論拠はある?」

という言い方をすれば議論になるのではないでしょうか。

「どうして?」を否定文や叱りの言葉として使う大人がいるからだ、というメンションがいくつか付いている。

それはそうだろうと思う。

でも学問の世界での「どうして?」は純粋な疑問文であることの方が圧倒的に多いということは大学生何年かやったらそろそろわかれよ、と思う。

それ以前に
そもそも学生が「どうして?」という問いに晒され慣れていない(むしろ忌避されてきた)という可能性もあるのでは。。。?

いろいろな意味で議論の経験が足りんのだろうな、とは思います。
学問の世界にいたら「何言うてんねんそれおかしいやろ」で始まっても「ああそうかなるほどあんたの言う通り」で話が進むことなんて普通だけど、そういう経験なかなかないんだろうな、と。

irobutsu 友人などの、いわゆる"対等な関係"に「どうして?」と聞かれれば、疑問として使われていると思えるのですが、
教授や先生などの"上の立場"の人に聞かれると、
「自分の説明は間違っていたから伝わらなかったんだ」と直感的に否定として捉えてしまうことはあると思います。

それも問題なんですがもう一つ問題があって。

「説明は間違っていた」と思ったら説明を直せばいいのに

「解答」の方を変えちゃうのがいるんですよ。

ちょっとでもクレームきたら全取っ替え、みたいな。

「質問されると説明が変わる」がもたらすイライラ感についてはずっと前にも書いたのでリンクしとく。
「質問すると説明を変える」奴が時々いて困る。

ガンダムに例えると、

「シャアは3倍速いから強いんです!」
「どうして3倍速いと強いの?」
「違いました。強いのはニュータイプだからです」
「どうしてニュータイプだと強いの?」
「いや、ザビ家への怨念が奴を強くしましたね」

ってな感じ。
話進まんぞ。
https://twitter.com/irobutsu/status/80602666958454786

irobutsu なるほど。 小学校のとき、先生に「どうして」などの疑問形で聞かれると、"間違っているから直せ"ということが多く、
そういった小さなときでの疑問形の使われ方が先入観的に今でも残ってしまっていて、"結論が間違っているから直せ"と思われるということもあるかもしれません

irobutsu 「学問の世界では」という切り分けがまず難しいと私は感じます。
「どうして=叱責のこと」と学んだ学生はわかりませんが、

「どうして=疑問と解釈して回答したら怒りなんだよと理不尽に言われひどい目に遭うので急ぎ回避行動をとれ」

と学ぶと修正しづらいです。

chihare まぁとりあえず「俺の『どうして』は疑問だから、間違っているって言ってないから」とか笑顔で話すようにはしてます(^_^;)。

どうして悪いことしたのだと叱責された場合、
大抵は返答できないので(しかも言ってる側は大抵返答を期待しているのではなく怒りをぶつけているだけなので)
返答より沈黙を選ぶ習性ができているのでしょうね。

どうして失敗したのだ?
も学問の世界では失敗の原因を究明してプラスに生かせって意味だと言った方がいいかもしれません。

きっと世の大半の学生は「学問的でない大人」と接する機会の方が遙かに多いが故に、そういう癖が染み着いているのです

でも社会に出ると、
また「どうして?」を叱責の言葉として使う上司や顧客が多いのを思い知らされるんですよねぇ(^^;。

教育現場的にプラクティカルな話,

小学生の現場を思い浮かべて思考実験したら,
私は「どうやって見つけた?」と問いかけてた。

WhyではなくHow。

算数の世界では推論をそこまで重視しないから,結論に至るアイディアを質しているんだな。

ゼミ中に指導教員が「どうして?」とつっこんだら,

「そんなこともわからないんですか?」

と返した剛の者がいるという伝説を聞いた :)


【補足】
2年前に言ったことが、なぜか最近またRTされている。
で、RTされると必ず「お前の言い方が悪いんじゃね〜の?」みたいなコメントがつく。

で、思い出したんだけど、
この問題について一番「困る」と思っちゃう点は、

「違いましたBでしたと話を変える」ところにあるのである。

質問されたら意見が変わっちゃうってのは、最初の意見自体、論拠の薄い「考えなし」の意見だったんじゃねーの??? ってことになっちゃんんだよね。

『「どうして?」だけじゃ言葉が足りない」

という意見もたくさん来たけど、

「どうして?」は状況に応じていろんな言葉を使っていて、
それでもなおかつ「質問されたら答えを変える」という困った傾向はあるんだよ。

だから直す努力が常に必要なわけ。

あとそもそもこの発言が問題としているのは
質問されただけで「違いました」と結論を変える部分。

学問の場で行われていることなのに、
「議論の姿勢」になってないのが問題
(もちろん、やっている間にできるようになる子もちゃんといるのです)。

というわけで

「字義通りに解釈せよ」
が主張ではなく
「議論の姿勢を保て」
が主張で、

「それには質問されたときには字義通りに受け取ってお願い」と続くことになる。

ありすぎてこまる。

訓練しないと議論が進まなくなってめんどうなんだけど、
訓練すると社会の他の部分との乖離が大きくなるんですよねw

引用元
サイト:前野[いろもの物理学者]昌弘のHP