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中日(東京)新聞夕刊で連載されている精神科医の岩波明氏の『名作で読む発達障害』がおもしろい。

今日とりあげられたのは『半分、青い。』のヒロイン楡野鈴愛のこと。
「正式に診断されるかどうかは確認できないけど、鈴愛にはADHD的な特徴が顕著にある」のだそう。
そしてそれが魅力だとも。


名作で読む発達障害「半分、青い」 


注意欠陥多動性障害(ADHD)の特徴は、その人を取り巻く状況が厳しい時は「障害」として現れることがあるが、多くの場合は「特性」や「性格」と見なされることが多い。
実際にはその特性をうまく扱うことによって、科学者や芸術家として成功している人もいる。

またADHDの特性は、人間的な「魅力」にもなりうる。
活動的で行動的で率直な彼らは、だらしなくルーズだという問題があっても、しばしば愛すべきキャラクターと見なされる。


そのような観点にたつと、この連載の中で述べてきたように、ドラマや小説の中の魅力的なヒロインが、実はADHD的な特性を持っていることは、不思議ではないのかもしれない。


本日取り上げる「半分、青い」は現在放送中のNHK連続テレビ小説のノベライズ版である。

1971年に生まれたヒロインの楡野鈴愛(にれのすずめ)は、そそっかしく勘違いによる失敗も多いが、何事にもくじけず挑戦していく気概のある少女だ。

岐阜県にあると設定した架空の田舎町「東美濃市」の商店街にある食堂の長女として生まれた鈴愛は、子供の頃片耳の聴力を失うが、絵を描くことが好きな明るい少女に成長した。

飾り気のない性格で、周囲から「お前の口は羽よりも軽い」と言われていた。

高校三年の夏休み、鈴愛は幼馴染の萩尾律から借りた秋風羽織の少女漫画に熱中していた。鈴愛の就職はなかなか決まらなかったが、祖父の尽力もあってようやく農協に内定する。

だがその直後、秋風のトークショーに行き、弟子入りの誘いを受けたことで、鈴愛は就職をせず、東京の秋風の素で漫画家を目指すことを決めてしまう。


正式に診断されるかどうかは確認できないが、鈴愛にはADHD的な特徴が顕著にある。

いつも彼女は何かをやらかす。
慌て者の彼女は、授業中にぼんやりしていたことを教師に注意され、立ち上がろうとして転んでしまう。
本人も自分がそそっかしくおっちょこちょいであることに悩むが、興味を引くことが現れるとその悩みもすぐに忘れてしまう。慎重に行動する弟の草太とは対照的だ。

「夢見る力がある」と言われる鈴愛の行動は予想がつかず、今後の展開から目が離せない。


果たして「発達障害」は疾患なのか。それとも個人の特性(性質)なのだろうか。

この連載の読者の方々は、疑問をお持ちになっていることだろう。
あるいは、よく知っている小説やドラマの主人公たちが、発達障害の可能性を持っていると指摘されて戸惑っている人もいるかもしれない。
さらには、おかしなことを言っていると、憤慨する向きもあるかもしれない。

(中略)

発達障害には、一般の疾患にはない特徴がある。発達障害の「症状」と呼ばれているものは、当事者にいつも一定に存在していて、他の病気の急性期に当たるものはない。

さらに連載の中で述べたように、ADHDもASDも「長所」ともいうべき特性を持っている。この特性は、人間的な魅力となることもあれば、特性を活用することで社会に成功している人もいる。

今日発達障害が注目されているのは、社会的な背景も大きい。
現在の管理的な社会は、定型的な枠組みにハマらない人を排除する傾向が強い。
そのような中で発達障害の特性を持つ人は、不適応を起こしやすくなっている。

今後の日本に、寛容で同調圧力の少ない社会的な「空気」が形成されていくことを期待したい。
私もだいぶ前から感じてましたが。

うっすら気づいてましたが。 でも、可愛らしいので。 律くんも、うーん。と考えてしまいますが。

ドラマではちょいちょいそういうタイプの主人公いますよね

ほかにもちびまる子ちゃん、のだめ、逃げ恥、冬彦さんなども扱われてましたよ。
平凡なキャラだとドラマになりにくいのかもしれませんね。

自分中心で考えてるような物の言い方、周囲の気持ちを察して我慢することなく振る舞うような様子…

ADHDがそれに当てはまるのかわからぬが、そうなのかもしれないとふと思った…
今日の鈴愛も、観てて苦しかった、痛かった

あれだけ自己分析もできてたらそれほどでもないように思いますが、なんでも片耳のせいにしてしまう卑屈さには、きっと周囲の人間は閉口してしまいますよね。
なにもないといいつつ、あんなにも心配してくれる親や秋風先生やユーコさん、ボクテ、ひしもっちゃんetc. たちに失礼すぎますよね。

その特性が「魅力」として受け止められた場合はラッキーですが

その運に甘んじず本人も努力・変化刷新してゆく柔軟さがないと 輝きを鈍らせるという事でしょうね。

枠にはまった良い子じゃないと、発達障害にする傾向があるような気がします
枠にはまった良い子が努力して成功する物語もありますが、 「半分、青い」は、真面目で素直でアホな人間の物語かなと

自分のアホは許してね♪ 
他者のアホは許せねぇ!!!

 が素直に出た作品だなと、、、(笑)

 「半分、青い」の脚本の上手い所が、律は清とつきあう前までは鈴愛のサポートをしていた 時間の経過で律はサポートしている場合では無くなった、 律は大学院にいられなくなり(裏設定ではそうかと?)、鈴愛は才能で漫画家になった→立場が逆転した!? サポートの難しさや障害者叩きの理由だと思います

その時々の相手の立場、環境で結婚観なども変わってきますよね。律が鈴愛に共依存という意見も見かけました。 2人の切っても切れない関係である設定の呪縛がこれからどんな展開になるのか?(けっこうネタバレ出ていて興ざめですが…)

全文読ませていただきました。

私自身も当事者で、それはまさに望んでいるものです。
私は人の気持ちを理解することが苦手というかできないのですが、それを理解してもらえない寂しさが常にあります。

特性は個人差が大きすぎて、社会が受け入れるには難題が多いと思っています。

最終回の今日は、岩波氏も「日本では専門家ですら発達障害に関して勉強不足があるし、管理社会の中で定型的な枠組みに入らない人を排除する傾向が強いので、今後の日本に、寛容で同調圧力の少ない社会的な「空気」が形成されていくことを期待したい」とおっしゃってました。

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