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東洋経済で連載中の「私たちは生きづらさを抱えている」と言う企画があります。

フリーのライターさんが発達障害当事者数名にインタビューをし、少数派の抱える多様な生き辛さの実態を啓蒙しようという連載企画。
この企画内の記事に対し、Twitterなどで発達障害当事者から批判の声が挙がっています。

今回は2chではスレッドが立たず、取り立てた議論も巻き起こらない様子なので、管理人しらべの現状などを記事としてお送りさせて頂きます(※管理人しらべ※主観あり




何がアレなのか?



「私たちは生きづらさを抱えている」は2017年11月からスタートし、現在(2018_5月)までで計18回という長期企画。
何がそんなに批判を集めているのか?という点について最初に説明するとこんな感じ

・著者の主観と感想に偏り気味
・「障害者は甘えてはいけない」という過激な意見を補足無しで掲載
・「後天的発達障害グレーゾーン」という誤解を含む概念を明確なエビデンス無しで掲載


記事一覧とタイトルは以下の通り。


独自のルールを持っていたりコミュニケーションに問題があったりするASD(自閉スペクトラム症/旧・アスペルガー症候群)、落ち着きがなかったり不注意の多いADHD(注意欠如・多動性障害)、知的な遅れがないのに読み書きや計算が困難なLD(学習障害)、これらを発達障害と呼ぶ。 今までは単なる「ちょっと変わった人」と思われてきた発達障害だが、生まれつきの脳の特性であることが少しずつ認知され始めた。子どもの頃に親が気づいて病院を受診させるケースもあるが、最近では大人になって発達障害であることに気づく人も多い。 発達障害について10年程前に知り、自身も長い間生きづらさに苦しめられていたため、もしかすると自分も発達障害なのではないかと考える筆者が、そんな発達障害当事者を追うルポ連載。発達障害当事者とそうではない定型発達(健常者)の人、両方の生きづらさの緩和を探る。


東洋経済の読者層を考えるとタイトルウケのする普通の連載記事に見えますが、発達障害の民の目線で読み進むと「?」となる箇所が多数目につき、非常に挑戦的な仕上がりになっています。








管理人の観測では、主に批判の対象となっているのは以下の記事。





・一貫して「感想」で進行する




後ほど紹介するように連載記事の中には様々な問題点が指摘されるのですが、全体を通して目立つのは「ライターさんの個人的な感想文の形式で進行する」と言うことです。

それは良いのですが、記事によっては若干「あ、このライターさんちょっと上から目線だな」と感じるような、少数派との未知との遭遇を果たした定型発達サイドの素朴であるがゆえにやや残酷な感想が文章から滲み出ちゃってるところがあり、共感と言うよりは批評に近い構文になっていて、それが若干ながら全体の印象を悪くしちゃってるかなあと思います。




家業を継ぐが「影響力を持つ人間になりたい」 28歳「発達障害」の彼が3度仕事辞めて移る先より抜粋。


\彼が発達障害当事者のカリスマと呼ばれる日はくるのだろうか /


いい煽り方です。この客観的に”観察”してくる感じ。管理人としても見習いたいです。おっと…俺たち観察されちゃってるぜ…?


これは一例で、やや主観的な評価・感想で締める形式が頻出し、常識の立場から採点するようなツッコミが悪目立ちしてる印象が。。



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適応障害、うつ病…バンドをやめて裏方に回る 33歳「ヴィジュアル系」の彼が抱く生きづらさより抜粋。



さながら先生から「よくできました」「もっと頑張ろうね」とハンコを押されているような感覚。

若干ながら「何目線かな」という気持ちにさせなくもない仕上がりに(※個人の感想です

そういった部分の小さな積み重ねが、当事者の一部の読み手としてはあまり快いものではないように映るのかもしれません(自虐系の人には共感されるかも)

また、上記の例のように連載で紹介される発達障害者について、やや個別性の強さやケースとしての偏りを感じる点もあり、若干のコレジャナイ感を覚える当事者は少なくないと思います(※個感)

そんなちょっと残念なケース(失礼)においても、取材対象者の方は障害を抱えて苦労されて生きているわけですから、「私はこう思う」という個人的な視点からトホホな現状にツッコミを入れるより、もう少し「あなたはOK、わたしはOK」の受容の姿勢を示すのが良いのかな、などと思わなくもないです。


ただ、これらはあくまでも文体の印象であり、スタンスとしては配慮の姿勢は貫かれている印象ですので、あくまで感じ方・感性の違いという問題なのかなと思います。


正直記事によっては「まあそうだよな…」と思わざるをえない記述も多いのですが、それでも評価する段階は読者に任せた方が無難でしょう(リスクヘッジ)
そこで素朴な感想をポロっと載せちゃうと、思った以上にヘイトを集めますよね。とてもよく見る光景です

私としてはとても勉強になりました。ありがとうございました

(計算してやってるなら凄い…っょぃ…)








「僕たちは発達障害を言い訳にしてはいけない」がもたらす危機感



なんか嫌な感じ〜という段階を超えてプチ炎上したのが以下の記事。


当事者3人から見える社会との向き合い方 僕たちは発達障害を言い訳にしてはいけない


「僕たちは発達障害を言い訳にしてはいけない」という非常に挑戦的なタイトルです。

内容としては、最近オープンした東京・高田馬場の「発達障害bar Brats」を経営するオーナーさんへのインタビュー。

働く発達障害当事者が集まれる場所を提供したいとの思いでバーをオープンした彼を取材した記事ですが、

「障害を言い訳にして甘えるのはかまってちゃん・5歳児と一緒」

などの素朴な価値観が掲載され、オーナーさんの「メンヘラ女」発言とも合わせてツイッター上で多くの当事者から批判を呼ぶ結果に。





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その後、ワード選びに対するオーナー氏とライターさんからの謝罪があり、騒動は治りましたが

一部の当事者からは「発達障害を言い訳にしてはいけない」と言う主張がもたらす社会への影響を恐れるツイートが未だに多くなされています。









まとめると批判の理由としては以下の通り (管理人しらべ)



・「私たちは発達障害を言い訳にしてはいけない」という主張は、障害当事者が置かれる状況の個別性を無視した通念であり、障害当事者を代表・代弁する体裁でかつ補足もなしにこのような極端な主張を拡散すべきではない

・東洋経済を見ている層を考えると、障害者枠などで働く発達障害当事者の周囲で「障害を言い訳にするな(配慮を求めるな)」という威圧的な空気が強化される原因となる可能性がある




ここら辺が切実でしょう。

なおこれに対する反対意見も。。






「障害を言い訳にしてはいけない」というスローガンの持つスローガン性については問題ではないと思われます。


ただ、捉えられ方の段階で結構都合よく解釈できるフレーズでもあるため、東洋経済という媒体の影響力と読者層を考えると何かしらのフォローや注釈が必要であったと思います(記事のテーマはそのままに)


もちろん、当事者の中にも障害を言い訳にしたくないと思っている人はたくさんいますし、卑近な経験から「発達障害者は甘えん坊」という偏った通念を持つに至った健常者の人も多くいます(当事者の中にも結構いる)


この記事はそうした方々が抱く非対称な当事者像を訂正するきっかけにもなったのかなと。
その点では価値のある記事だと思いますし、言葉選びの朴訥さ以外はまともと言える内容だと思います。


ただ、”言い訳”というタームも噛み砕けば「合理的配慮」と「自助努力の放棄」という全く異なる解釈として論じる必要性が出てくる概念なので、そこらへんの言葉の選び方には神経質な配慮が必要なんです。

言葉の意味のまま「言い訳」として使ってやろうという障害者はほとんどおらず、見えない障害を抱えながらできないことはできないと言い出せない空気の中で苦しんでいる人が本当にたくさんいます(※当サイト過去記事をみてみよう)

ご存知の通り発達障害は本当に多様な表出の仕方をする障害なので、断定系のスローガンを代表意見のように取り上げるリスクについては考えた方が良いですね。


記事の終わりあたりにでも



「ただ、取材した過去の当事者には明らかな配慮を必要とするケースも散見される。少数派である彼らの置かれた状況は実に多様だ。合理的配慮を求める声が言い訳と断じられてしまう危険性もないとは言えない。何が努力で、何が”甘え”なのか。自助努力と配慮の間で社会に立とうとする彼らの姿に、発達障害の生き辛さの本質があるのではないかと感じた。」



とかなんとか。一言でもあれば個人的にはオッケーだと思います (※管理人の主観です




「後天的発達障害グレーゾーン」なんてないぞ







さて、現状もっとも問題点を多く含んでいる記事がこちら。



強いストレスが症状を引き起こした? 21歳、後天的「発達障害グレーゾーン」の苦悩



タイトルの時点で「?」となります。


 \後天的発達障害グレーゾーン /


ご存知の通り、発達障害は先天性の障害です。
基本的には幼少期からの兆候の有無が診断の基準となっています。



DSM-IV-TRの診断基準

不注意(活動に集中できない、気が散りやすい、物をなくしやすい、順序だてて活動に取り組めないなど)と多動-衝動性(ジッとしていられない、静かに遊べない、待つことが苦手で、他人の邪魔をしてしまう等)が同程度の年齢の発達水準に比べてより頻繁に、強く認められること
症状のいくつかが7歳以前より認められること 2つ以上の状況において(家庭、学校など)障害となっていること
発達に応じた対人関係や学業的・職業的な機能が著しく障害されていること
広汎性発達障害や統合失調症など他の発達障害・精神障害による不注意・多動-衝動性ではないこと

上記すべてが満たされたときに診断される。DSM-IVではMRIや血液検査等の生物学的データを診断項目にしていない。(wikiより)



後天的発達障害グレーゾーンと言う聞きなれない単語については、記事中では


「大学に入ってから発達障害のような症状が出始めた。正式な診断は受けていない。生き辛い」


という取材対象者の状況を表す単語として用いられています。

つまり未診断で、かつ大学生活のストレスによって発達障害様の症状が出ている状態を発達障害と仮定してしまっているケース。





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大学の臨床心理士の元でWAISテストを受け、能力にアンバランスがあると言われたものの、正式な心療内科の医師の診断は受けていない状況。


WAISテストのディスクレパンシー(能力の偏り)だけでは通常、発達障害とは診断されません。(疑いありの状態)




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現状の発達障害の定義にはそぐわないシチュエーションを”後天的発達障害グレーゾーン”と仮定し、ヨガなどの自助努力でカバーしようとする取材対象者。

実態としてはこういう層が一番多いのかなあなどと結構生々しく読めたりもしますが、記事のタイトルがやっぱりちょっとまずい。

「強いストレスが症状を引き起こした?後天的発達障害グレーゾーンの苦悩」。

定義的な混乱を生じさせる可能性は拭えません。







さらに、記事中でADHD処方薬「ストラテラ」のジェネリック番「アクセプタ」を個人輸入して使っていたとの記載も。





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ストラテラは処方薬なので診断がないと飲めません。

ゆえに、未診断で発達障害を疑っている人たちの中には、苦肉の策としてジェネリック番の「アクセプタ」を輸入代行サイトを使って購入するケースがよくあります。


この方もそのうちの一人ということで、未診断の民の生々しいムーブを可視化した点では評価できるのですが。。



「アクセプタ」の個人輸入は厚労省によって2018年より原則禁止となってます。



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このニュースは結構話題になった話なのですが、そこらへんの情報がちょっとリサーチ不足でしたね。。


追記や脚注で禁止になった旨を補足しておかないと、記事に共感した未診断の民が真似をしたりして困るかもしれません。









問題点としては以下の2つかと(管理人しらべ)



・グレーゾーンの定義が曖昧。後天的であるにもかかわらず未診断のケースを”発達障害”と称するのは早計すぎ。ストレスによって脳が萎縮する別の障害の可能性は排除できない。

・当事者間ですら定義が曖昧なタームを使う場合、専門家による監修・あるいはエビデンスによる補足が必要

・「アクセプタ」の個人輸入は原則として現在禁止されている(真似する人が出たらヤバい)




ちなみに後天的に発症する発達障害という概念はないわけではないです。
アメリカやスェーデンの研究で「遅発性ADHD」という概念が提唱されていたりするため。








ただ、問題なのは斯様な研究データを引用するでもなく、「グレーゾーン」という単語を当事者間において記事中の定義を指すフォーマルな単語であるかのように連発している点。





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当事者間でもグレーゾーンという単語に明確な定義は存在せず、文脈によって異なる用いられ方をする概念です。


発達障害におけるグレーゾーンとは、明確な定義は存在しませんが、定型発達と発達障害の間の境界領域を指す俗称を指します。
医学的な診断基準を全て満たすわけではないものの発達障害のいくつかの特性を持ち、日常生活を送る上でも困難を抱えている状態であるとき、グレーゾーンと言われることが多いようです。

”LITALICO発達ナビ”より



大抵は医師にかかったものの発達障害とまでは診断されないギリギリ健常者な人々をさして使われることが多いですが、”正式な診断を受けていない上に後天的に発症したケース”を「ストレスで発症?」という副題とともに掲載するにはやや問題があります(まず診断受けろと叩かれるのはありがちな光景)


ただ、一部の当事者同士の間で「WAIS3を受けたら傾向ありと言われた」「自分は発達障害だと思っている」という未診断の層を指して発達障害グレーゾーンと定義し、当事者会などを主催する団体もあるため、筆者の方がそうした個別的な現状を参照した可能性は十分にありえます。





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https://neccocafe.com/event/20180527.html




いづれにせよそこらへんの相場観を掴み損ねている印象はかなりあるため、界隈の人間のツッコミが入るのはまあ免れない印象です。定まっていないものを扱う際にはそれなりの補足が必要かと。。


ただ、取材対象者の置かれた状況は潜在的にかなりの人数が共感できるものですので、「発達障害は絶対に先天的!」「未診断・グレーゾーンは認めない!」と否定するのはやめましょう。


生きづらさに対する敬意を払いつつ、筆者の方が補足を入れる形で、「発達障害を疑いつつも診断に踏み切れない女性の苦悩」という体裁に着地させてあげたらいいと思います。





管理人の感想「テーマ自体がダメなわけじゃない」





今んとこ出てる批判はだいたいこんな感じです(※管理人しらべ

連載当初から現在までそこそこ長く観測した結果としてのまとめですが、基本的にこの記事の補足も管理人の個人的な感想のようなもので、当事者の意見を代表するものではありません。

私としては、ところどころ荒さはあるものの当事者の実態調査として非常に詳細に描かれており、今までの大手メディアにはない生々しさがあったりもして、生きづらい人々の啓蒙としては価値ある試みだと思っています。

ライターさんの姿勢についても、ご自身が心療内科に通っている少数派という立場を公表しているため、「生きづらさ当事者」という意識が介入した結果として自戒も含めた主観寄りの構成になっているのかと思われます。



主張の多様性は認めよう。





また、発達障害という世界観においては、「私はこう思う」「いや俺はこうかな」などの異なる感覚・複数の主観を集積することで障害の全体像が弁証法的に理解されてくるところがあり、「群盲象を撫でる」的なアプローチが有効な概念です。


そのため、取材対象者の主張と、読者である当事者の主張が食い違っていても構いません。主張の多様性は担保されるべきです(みんな同じではない)


「障害は甘えだと思う」と取材者が主張するのであれば、そのように取り上げれば良いかと思われます。

「障害は甘えではないと思う」という人がいれば、それも同様に扱うべきかと。

「健常者から見た発達障害者ってこうですよ」というリアルな見解も、それはそれで大いにありだと思います。


そうした切り口が、「当事者でなければ語ってはならない」「専門知識なしに語ってはならない」という少数派の聖域性を融解させ実社会と接続するきっかけを与えたりもします。

たくさんの「私はこう思う」を集めて虹色の元気玉にして世に放つ。検証はお前らに任せる。そんなやり方もありますよね。切り口の多様性は担保されるべきで、肯定されるべき試みです。


我々がノイジーな異邦人にならないために





また、我々少数派のご意見というのは、我々が思っている以上に健常の民を警戒させるものでして。

「お前はわかってない!」「間違ってる!」という”わかってる民”からのきついダメ出しの声に目を通すうちに、いつしか啓蒙行為が当事者性による威圧と捉えられ、割と容易にマイノリティ界隈はアンタチャッチャブルな領域として敬遠されるようになったりもします。(定型のワーキングメモリもそんなに大きくはないよ)

そういうことは避けたいので、知識の不足や見識の偏りについては、改善点を指摘するに留めるのがいいのかなと、管理人としては思います。荒削りながら一点の価値に絞ったものを世に出すことの価値まで否定してはいけない(まとめサイトとか…ボ゙ソ)



ただ、それでもやはり明確な定義ミスを含んだ箇所が存在するのは確かであり、拡散力の強さによって誤解が広まるのではないかと不安を感じている当事者が多く存在することは確かです。それもめっちゃPVが多い大手メディアの拡散力で(うちみたいな弱小ではなく…)



ですから、普段全く人様のことを悪く言えないクソアフィドカタの管理人ですが、今回は自分のことを棚に上げつつ、一連の記事のカウンター兼補足としてこのような記事にさせていただきました。


つきましては、当事者界隈の斯様な意見を通して、実に多様な顕現性を含む発達障害概念を扱う際の相場観の一片についてご理解して頂きたく存じます(このサイト以外の意見にも目を通してね。※普通に高く評価する人もいるよ





最後にもう一度、補足が必要な点をまとめておきます↓
間違いや偏った部分は補えばそれでええ。



・「私たちは発達障害を言い訳にしてはいけない」という主張は、発達障害当事者を代表・代弁する意見ではない

・発達障害当事者が置かれた状況は様々であり、障害特性ゆえの合理的配慮は”言い訳”には該当しない

・「後天的発達障害グレーゾーン」という概念は造語であり、一部の研究によって後天的に発症する発達障害概念が提唱されてはいるが、現状では幼少期からの継続した兆候が診断基準となっている。

・診断を受けていない場合は「グレーゾーン」ではなく「発達障害を疑っている」状態であり、別の障害の可能性もある

・記事中の「アクセプタ」は現在厚労省により個人輸入は禁止されている

・私たちは生き辛さを抱えているが、生き辛さにつく名前は実に多様であり、それを知ることから理解が始まる